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 五章:街を歩けば……

ふわふわと青い色の世界に浮く、まっしろなふわふわしたもの。それが、まるでとても綺麗なものに思えた、のかどうかはわからない。なにせ、彼の思考は、周りからはわからないし、もしかしたら、彼自身もわかっていないだろうからである。
 ただ、そのしろいものに手を出したくなり、彼はそうっと身を乗り出した。


 青い空に浮かぶ飛行船。浮遊大陸と大地を行き来するには、不可欠な乗り物である。
 風の強い場所だ。そろそろと慎重に進むその船は、一応一人の青年のもので、彼はその舵をにぎりながら好きなところにいく権利がある。
 一応建前はそういうことになっていた。
 ……そんな彼の名は、ジャン=ジャッシュという。まだ駆け出しの密輸商人、の、筈、である。出身のファミリーが悪党としてどうなんだというファミリーなのもあって、密輸商人である必要性がないのではないかと思いながらも、やっぱり密輸に手を染めている。
(ていうか、密輸やってる理由って、主に親分が王国に金払いたくないだけじゃ……)
 ケチだからというより、気に食わないからとかでかもしれない。そもそも、彼の親分であるリー=ヴァルロスは、王国とは対立する立場にいることであるし。しかし、それ以外は、さほど悪いこともしていないような気がするヴァルロス一家で、育てられたジャッシュは、やっぱり悪党にそだつこともなく、損なお人よし人生を送っていた。
「……さてと、ゼダールはこっちでよかったっけな」
 地図を見て、次の街を考えようとしたときに、ジャッシュは硬直した。
「昼飯はまだかね?」
「ぎゃあああっ!」
 いつの間にか後ろから声がして、ジャッシュは操縦席で飛び上がった。後ろには、相変わらずどこか奇妙な白衣姿のビシュタルトが優雅に立っていた。服装がおかしいのに、何故か立ち居振る舞いが貴族なあたりで、ジャッシュも常に対応に困る。まあ、対応に困るのはそれ以外の理由もあるわけだが。
「……じ、ジジイ、相変わらず、神出鬼没だな」
「誉め言葉かね。まあな」
「……純粋に誉めたつもりじゃないけどな……。で、なんだよ」
 ビシュタルトは、うむ、とつぶやいた。
「そろそろ、昼時だと思うのだが、昼飯はまだかね」
「まだかね、って、お前達、自分でつくるとかそういう気持ちはないのかよ」
「ふっ、……若者は年長者の為に働くのが普通だろう」
「つくれ、ということですか?」
「そういうことだな」
 しれっとした態度で言うこの年齢不詳の有閑貴族にも困ったものだ。
「しかし、ジジイ、さっきも朝食食べただろ。今日は朝食遅かったし、もうちょっと……」
「だが、すでに昼時だ。昼が来れば昼飯を作るのは当たり前の行為ではないか」
 そういわれると、何となく反論が思い浮かばない。ビシュタルトは、さすがにこういう理屈をこねるのはうまい。
「わかったよ。またつくるから」
「うむ、わかっているならばよいだろう。期待しておるぞ」
「自分で作ろうという気は一切ないな」
 負けたジャッシュはそう吐き捨てため息をついた。その間に、すでにビシュタルトは消え去っている。本当に神出鬼没だ。科学科学といっているが、今の間に瞬間移動魔法でもつかったのではないだろうか。
「はあ。ままにならねえなあ」
 ジャッシュはため息をついたが、正直、ため息をついている余裕は彼に与えられなかった。
 突然、操縦席にある通話管から声が聞こえたのだ。
『きゃーっ! サンちゃんがー!』
 甲高い女の子の声は、間違いなくティアラのものだと思うのだが、
『駄目駄目駄目! 雲はつかめるものじゃないの!』
「うわーっ!」
 ジャッシュは慌てて飛び出した。
 

「きゃー! 駄目ー! ヴァルロスさーん!」
 叫び声が響く中、ばんと甲板に出ると、そこにはbRを必死で押さえるティアラの姿があった。半分甲板の外に飛び出た体に、ティアラもうっかりひきずられかけているではないか。
 慌ててかけより、ティアラの手を貸す。
「な、なにやってるんだ! サン!」
「雲をつかみます」
「つかめねえから諦めろ!」
 というか、もふもふはどこにいったのか。一緒にいるのではないのか。必死で引っ張って、どうにかこうにかbRを手すりから引き剥がす。どさんとしりもちをつく形で、ティアラとジャッシュはそこに座り込んだ。
「雲をつかんだりしちゃだめだろ」
「つかみたかったから」
「からじゃねえっ」
 どこからどう教えればいいのだろうか。この子。説教するにも、ちょっと問題が多すぎて説教しきれない。
「おーい、マスター。ジャッシュ〜」
 のんびりと声が聞こえてきて、どうやらシャワー上がりらしいよろい男が、いつもより三割さわやかに現われた。今日は兜をはずしているので、よりさわやか目である。ともあれ、無駄にでかいのでどこまでを、さわやかと規定するのかは人それぞれな気もするが。
「よんだ〜」
「親分、遅い!」
「悪ぃ、悪ぃ、シャワー浴びてたんだよ! で!」
 で、といわれても、答え切れないのだが。ティアラが、答える気力を失っているジャッシュに変わっていった。
「サンちゃんが、雲をつかみたがって、危うく転落するところだったんです」
「おおー! ソレはあぶねえなあ」
「あぶねえなあ。じゃあないでしょうが、親分。助けてくださいよ」
「だって、シャワー浴びてたし。でも、今ぐらいのタイミングなら、ぎりぎりで助けられた気もするし、勘弁してくれよ!」
 えへっと笑いながら、ヴァルロスが言う。ぜんぜん可愛くないが、かわいらしいつもりなのだろうか。
「今のタイミングならって……」
「それは、要するに、後を追って飛び降りて、抱えて戻ってくることがぎりぎりできるということか?」
 目を放した隙に、先ほどまで何もなかった空間にビシュタルトが現われていた。今度はびっくりする暇すら与えてくれなかった。
「……じ、じじい……」
「おう、そうだぜ! 今ぐらいなら、オレならおいつくこともできるし!」
「ふむ、さすがだな。ということで、これからぎりぎりの状態でも、焦ることはないぞ青年」
「焦るッつーの。そうならないようにした方がいいだろうが!」
 おそろしいことをいう大人たちである。年長者二人がこんなことでいいのだろうか。まあ、二人とも、どこか普通の人間からは逸脱しているわけであるが。
「でも、サンちゃん。これからは、勝手に出回っちゃ駄目よ」
「はい! マスターさん!」
「そうだぞ、サン。本気で雲をつかむとかやめてくれよ!」
 なにかあったらbRも心配だが、もふもふに何されるかわからないのも心配だ。船ごと彼と同じ運命をたどらされそうである。
「はい。気をつけます。キャプテンさん!」
「ものすげー、いい返事だが……気をつけるってどう気をつけてくれるのかな」
 ジャッシュは深々とため息をついた。まったく、恐ろしいことである。
「そういえば、ジャッシュ。次はどこにいくんだよ?」
 ヴァルロスが急に訊いてきたので、ジャッシュは髪の毛をいじりながら答える。
「ゼダールですよ。親分。よく知ってるでしょ?」
「おお! ゼダールか、懐かしいねえ!」
「ヴァルロスさんもご存知なんですか?」
「おう。あそこには、友達がいるんだよ〜」
 のん気に答えるヴァルロスに、ジャッシュは 首を振った。
「友達っていうか、比較的商売敵ですよ」
「でも、あいついい奴だよ」
「親分はそうかもしれませんが、向こうは宿敵扱いだったような……親分に対してだけ」
「ええ、そうか〜。友達だとおもうけどなあ!」
 まあ、ヴァルロスにかかれば、大体そのような扱いだろう。商売敵とはいえ、ゼダールを掌握する頭領は、それほど、過激な人間でもない。彼の敵意……というおり、意地は主にヴァルロスに向いているだけなのであるから。
「にしても、何で突然?」
「いやさあ、ケモノのやつが、次行くところに木は売ってるのかってうるさいから。ゼダールなら大丈夫だよな」
「ま、何でも売ってますからね」
「ついでに、あのねーちゃんが、武器は売ってるかといってたし、それもクリアだよなーっ」
「それはよかったですね!」
 ティアラが素直に頷くが、ジャッシュは冷や汗をかきそうになった。
(……ぶ、武器は、なんか新しくもたせちゃいけない気がする……)
「服も手に入るし。一石三鳥ってかんじだよなーっ!」
 ヴァルロスの能天気な声が、何となく不安を煽る。
「こんな調子で、本当に大丈夫なのか、オレ達」
 その答えは神のみぞ知る。いや、本当にわからないのかもしれない。となりでは、にっこりとbRが微笑む。その笑みに、いっそう不安感を煽られるジャッシュであった。





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背景:空色地図 -sorairo no chizu-

©akihiko wataragi&reina miturugi