4.毛玉と少年-7
地味にひとりへこむ彼を尻目に、ビシュタルトが少年に手を差し出した。
「これからは君も仲間だ。では、改めてよろしく。もふもふ君、そして、bR」
「よろしくおねがいします!」
・・・・・・・・・?
にこにこ笑ってその手を握る少年以外、全員の動きが止まった。毛玉でさえ。
「私は先ほども名乗ったが、ビシュタルトという。サー=グラント=ビシュタルトだ。博士、と呼ぶといい。博士だ、博士」
自分自身を指差して繰り返すビシュタルトに、少年は頷いて笑う。
「はかせ」
「うむ。よしよし、ちゃんと覚えたな」
「はい、はかせ!」
「うむうむ。それから君はbRだ。いいか?bRだぞ?なんばー…」
「ちょっと待て―――っ!!」
がしょん、と壊れた机を叩いたジャッシュに、ビシュタルトが目を丸くする。
「どうした?」
「どうした、じゃねぇっ!さっきからbRって何だって思ってたけど、一体何だ!?何の名詞だっ!?」
「この子の名前だが」
少年を指差してあっさりと言うじじぃに、少年は微笑んだ。
「bR?」
「うむ。それは君の名前だ。君のことだぞ?」
「はい」
こっくりと頷く少年に、ジャッシュは青ざめた。
(覚えちまった…)
「うむ。やはりこの子は頭が良いのだろうな。覚えが早い」
満足げなじじぃに、ティアラが少し混乱したような表情で尋ねる。
「はかせ、この子の名前、知ってたんですか?」
「いや?ただ、呼び名がないとやはり不便だろう?だから付けたのだが」
「そういえばそうですね…!さすがはかせっ!天才ですっ!!」
「ははは、そんな当然のことを」
天然少女とじじぃのやりとりに、ジャッシュは唖然としながらも呟く。
「…で、つけた名前がbR…?」
「うむ。科学ちっくで良いだろう?bPやbQよりは3のイメージだったのでな」
「いや、1とか2とかそんなこと以前に、つけるならもっと人間ちっくな名をつけろよ!!科学ちっく目指すよりっ!!」
「かっこいいだろう?」
「そう思うのはお前だけだ―――っ!!」
やはりこのじじぃ、根本的に何かがずれている。
しかし今更何を叫んでももう遅い。少年は非常に機械じみた名を、自分の名として受け入れてしまったようだった。
「な、なんばー…?長くてちょっと言いにくいな…」
本人の方がよっぽど長くて言いにくい名を持つ召喚獣が困ったように呟くと、そのマスターがう〜ん、と考え込んむ。
「ええと、そうですね…あだ名とかどうですか?bRだから…あ、サンちゃんでどうでしょうか!?」
「ああ!それ言いやすいなっ!!」
「…そうだな」
喜ぶヴァルロスと共に、ジャッシュも頷く。…まだ人間っぽい。
「じゃあサンちゃん!あなたのあだ名はサンちゃんね!」
「はい」
素直に笑顔で頷く少年は、あまりに素直すぎて、本当に分かっているのか、ジャッシュは少し不安になる。しかしティアラはそんな不安は覚えないらしく、嬉しそうに笑って続けた。
「あたしはティアラっていうの。よろしくね、サンちゃんっ!」
「おう!オレのマスターなんだぜっ!!で、オレはマスターの召喚獣、ジェライアン=ヴァルロスだ!ヴァルロスとか親分って呼ばれてるんだ。これからよろしくな!」
「よろしくおねがいします!」
(…本当に大丈夫か…?)
ヴァルロスの普通でない自己紹介にも動じないところが、またジャッシュの不安を招く。
絶対に理解していないに違いない。
はぁ、と心配のあまりため息をもらすと、少年…改めbRが気づいたのか、ジャッシュの方を向いた。やはり気を引かれて向いただけのようで、その目には特に感情らしきものを見出すことは出来ない。
「え…ええと…」
とてつもない違和感を拭い去れないままで、それでも目が合った(?)ので、ジャッシュも口を開く。
「オレはジャッシュ。ジャン=ジャッシュだ。よろしくな」
「よろしくおねがいします!」
にこにこ微笑む少年に、ビシュタルトが補足するように言う。
「さえない地味な男だが、この船のキャプテンだ」
「…じいさん、あんたケンカ売ってんですか…?」
「気にするなジャッシュっ!地味でさえなくてもお前はいい奴だっ!!」
「…親分、それフォローしてるつもりですか…?」
でかい男が3人で言い合っているのを尻目に、銀髪美人がぼそりと呟いた。
「ランスロット=シャルナーク。よろしく頼む」
「よろしくおねがいします!」
「オレはメルカード=サルード!ガランダの誇り高き冒険者だ!よろしくなっ!」
「よろしくおねがいします!」
メルが手ぱっと差し出すと、bRはそれを取った。と同時にぱぁ、と表情が輝く。
「ふさふさーっ!」
途端、そのふさふさの手を焼き尽くさんばかりの炎が、bRの肩にいた生物から発せられた。…どうやら嫉妬深いらしい。
「なにしやがるこのトウガラシ―――――っ!!」
「キ―――――っ!!」
またもや毛玉戦争が勃発かと思われた時、bRが肩に乗る毛玉生物を掴んだ。両手に乗せたそれをジャッシュたちに示す。
「この子はもふもふ。よろしくおねがいします!」
「キ―――――っ!!!」
…その叫び声じみた鳴き声が、決して友好的なものではなく、むしろ威嚇に近いと感じたのはジャッシュだけではないはずだ。
「さて、bR。全員の名は覚えたかな?」
「はい、はかせ」
(うわ…なんか本当に科学チックなやりとりに聞こえるよ…)
これがただの少年と大魔術師の会話だと誰が思うだろうか。
できたてほやほやのアンドロイドとその製作者のようなやりとりに、ビシュタルトはえらく満足した顔で深く頷いた。
「うむ。ではテストしてみようか。あれは?」
指差された鎧の男を見て、bRはにっこりと笑う。
「親分さん!」
「………」
(名前、覚えてねぇじゃん…)
ヴァルロス本人は「当たり〜!」と喜んでいるが、唯一常識人のジャッシュは軽い不安に襲われた。
(そういえばじじぃのことも博士、だし…オレらのことどう覚えてるんだろ…)
「あ、あのさbR…サン。全員、言ってみてくれる?」
するとbRはにっこり微笑むと机を囲むメンツを順々に指差した。
「親分さん、マスターさん、はかせ、ねぇさん」
(うわぁ…)
一概に間違ってるとは言えない。たしかに人と呼称は一致している。しかしやはり、誰一人名前では覚えられていない。
(しっかもなんかびみょーな呼び方覚えて…)
「ネコさん!」
「ねこじゃねーっ!!」
(…メルにいたっては全く覚えてないみたいだし…)
そんなことを思っていると、bRはジャッシュを指差した。
「キャプテンさん!」
「………っ!!」
今の瞬間、「博士」にこだわるビシュタルトの気持ちが分かった気がした。
「呼び名の訂正…しなくてもいいかぁ…」
「よくねぇよ!!」
ジャッシュの呟きに、メルカードが机を叩く。
「おいガキっ!オレはネコじゃねぇー!」
「…オオカミさん?」
「違うっ!」
「…?」
bRは微笑んだまま少し首を傾げた。思いついたように、あ、と声をあげる。
「バケネコさんっ!!」
「うが―――っ!!」
このくそガキー、と叫び、その暴言に対して毛玉の炎に襲われるケモノを眺めながら、ビシュタルトが飄々として言った。
「さて、自己紹介の一通りすんだところで、bRを連れて行くならやらねばならんことがあるな」
「…あんた本当にマイペースだよな…」
ジャッシュが呟くそばから、ティアラがきょとんとして尋ね返す。
「やらねばならんこと?何ですか?」
「うむ。買い物だ」
重々しく言われ、ジャッシュは一瞬それが何の単語なのか理解し損ねた。そんな重々しい雰囲気がとても似合わない単語だったからだろうか。
「…買い物って、あの買い物?」
もしかして自分の“かいもの”が意味を取り違えているのかと、おそるおそる訊くと、ビシュタルトは眉を顰めた。
「あの買い物、とはどの買い物のことだ?“買い物”に別の意味があるとは思わないが」
「…ああ、そうですか…」
ではやはり自分の認識する“買い物”であっているのだろう。とすれば今度は、その重要性がいまいちよく分からない。
「あのさ、なんでこの子連れて行くのに買い物がそんな重要なんだ?」
「服を買わねばならんだろう?」
「服…?」
「うむ。この服はマズイぞ。逃げ延びるならもっと一般的な服でなければ」
言われて、ジャッシュは改めてbRの格好を眺める。
ジャッシュも最初に見たときに思ったが、どこぞの民族衣装のようなその服は、かなり印象的ではある。はっきり言って、目立つ。色はいたってシンプルだが目を引くのだ。特にその、たくさんの装飾具と、意味不明な長い羽衣のような布。
「…まぁ、珍しいとは思うけど…そんなに急ぐ必要があるのか?なんならあのアクセサリーみたいなもの外してもらって、布も置いてもらえばそこまで目立たなくねぇ?」
ジャッシュが言うと、ビシュタルトはどこか哀れむような目を彼に向けた。
「お主はこの衣装の意味するところが分からないのだな…装飾具や布が無くとも、見る者が見れば一発で分かる。特に彼を必要としている者ならばな」
「はぁ…?」
さっぱり意味が分からない。さらに追求しようとしたが、
「お買い物!?わぁ、サンちゃんの服をですか!?だったらかわいいのがいいですねっ!!」
「あ、オレも服欲しいなっ!この鎧でかくて、いろいろぶつけるんだよな〜!!」
天然少女と派手な鎧のおやじの歓声に邪魔された。
「親分、服なら本部帰ればあるじゃないですか。それにティアラちゃん…かわいいって…一応サンは男…だよな?」
自信がないので尋ねるように言ってみたが、bR当人はあいかわらずにこにこしているだけで何も応えてくれない。もしかしたらまともに聞いてくれていないのかもしれない。
「でも絶対サンちゃんにはかわいい服が似合いますよ!」
ジャッシュの言葉に力説するティアラの隣で、ヴァルロスが情けない声をあげる。
「そりゃ本部帰ればあると思うけどさ〜…オレ、今帰ったらメリッサに半殺しにされそうな気がするんだもん〜」
「…!やっぱあんたがメリッサさん怒らせたんですか!トウガラシのせいでもあるけど、おかげでオレまで怒られましたよ!!」
「あ〜…やっぱ怒ってた?ヤバイな〜…メリッサキレると怖いもんな〜?」
「むっちゃ怖かったですよ!!親分、早く謝って下さい!!オレこのままだともう連絡できませんよ!!」
「え〜?やだなオレだって怖いもん」
「怖いもん、じゃないですよ!オレだって怖いんですよ!!」
「…二人とも尻に敷かれるタイプだな…」
二人の言い合いに、ビシュタルトが興味深そうに呟いた。
「服、かぁ…!ここにいて自然な服っつーと、やっぱ密輸商人の服だなっ!!密輸の団体なんだろ、オレたち!」
「どんな服だよ、それ」
目を輝かせるメルカードに、ジャッシュは呆れていった。少なくとも密輸団体ヴァルロス一家にはそんな服はない。
「密輸商人の服なら、見たことがある」
呟くように言ったのは、意外にもランスロットだった。…急な発言にもしやと机を見てみると、案の定、残っている食料は一つもなかった。
「え、どんな服なんですか、ランスさん!」
「あれだと思う。黒と白の縞模様の」
「ねぇさん、そりゃ囚人服っ!!密輸中じゃなく、捕まった後の服!!」
不吉な、とジャッシュが青ざめると、対称的にどこか興奮したような様子でメルカードが声をあげた。
「なぁなぁ!そいつの服買うんだったら、いっそのこと揃えねぇ!?チームみたいに!」
「チーム?」
尋ねるティアラに、メルは頷く。
「おう!ほら、正義の味方とかさ、おそろいの服着てるじゃん!あれみたいに!!」
「お前漫画読みすぎ…」
「いいなっ!!だったらオレ赤がいい―――っ!!」
ジャッシュのつっこみは、またしても鎧のおやじに掻き消された。
呆然とするジャッシュの視界で、ケモノが立ち上がる。
「赤はオレだ―――っ!!」
「あ、だったらあたしピンクがいいです〜!ランスさんは?何色がいいですか?」
「…黒か赤。汚れが目立たなければいい」
(…何の汚れですか、ねぇさん…)
黒か赤、というところが暗に語っていて、恐ろしい。
「サンちゃんは白とか似合いそうですね〜♪」
「ふむ。ならばいっそ白衣で揃えてはどうかな?」
「動きずれーよっ!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐメンツに、ジャッシュは一人頭を抱えた。
どんな服を揃えるか、とかそういうことではない、そもそも自分は買い物をする、ということ自体にも納得していないのだ。
「あのさぁ…」
ジャッシュのため息に、全員が彼を振り向く。
「なんだチンピラ。赤は譲らねぇぞ!?」
「ジャッシュは赤より緑とかの方が似合いそうだよな〜!!」
「そうじゃねぇっ!!」
ケモノとおやじの言葉にジャッシュは叫ぶ。
「そうじゃなくて、買い物って目立つだろ!?そんな目立つことやめようぜ?頼むから、立場わきまえてくれよ…!」
指名手配犯、という立場を。
ジャッシュの切実な訴えに、ヴァルロスがけろりとして言った。
「でもジャッシュ。お前、密輸はするんだろ?」
「え?え、ええ…そりゃ…」
「だったらどうせ商売しねきゃなんねーよな?売ったり買ったり」
「そ、それはそうですけど…」
「だったら一緒じゃん?」
「………」
言葉に詰まったジャッシュに追い討ちをかけるように、全員が口々に言う。
「密輸するものと一緒に服も買ってしまえば良い」
「寄り道にもならないな。密輸、ということはどうせ町には行かねばならんのだし」
「そうですよね!リンディアでは何も出来なかったですものね!!買い物しましょうよ、ジャッシュさんっ!!」
「そうだ!木もっ!!オレの愛機の為の木も買わないと!!」
「あ〜もう分かった!分かりましたっ!!」
ジャッシュは畳み掛けてくる仲間たちに両手をあげた。
「じゃあ次の町で一仕事しながらサンと親分の服とか…必要なものを買い物する!それでいいな!?」
やったぁ、と歓声を上げる面々に、ジャッシュは続ける。
「ただしっ!くれぐれもっ!!目立つマネはやめてくれよ?オレたちは追われてるんだ、そこのところちゃんと分かってくれ!!」
「はい、頑張りますっ!!」
「分かっている。私も悪に捕まるわけにはいかない」
その返事に若干…いや、かなりの不審を覚えながらも、ジャッシュは席を立った。次の目的地を決める為に地図を取ってこようとして、bRと目が合う。
彼はガラス玉のような青い瞳にジャッシュを捉えると、深く微笑んだ。…その笑みは暖かく癒すような、しかし空虚な笑みだった。
(…また大変なもの拾ったよな、オレ…)
しかもこれまでとは多分別の意味で大変なものを。
その絵に描いたような完璧な笑みに、引きつった笑みで返しながら、ジャッシュはきびすを返した。