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4.毛玉と少年-6


「なぁなぁ、今の話だと狙われてるのはじーさんなんだよな?」
 鎧の召喚獣の言葉に、ビシュタルトはうむ、と頷く。
「で、ジャッシュとでかマリアンはじーさんを助けたから追われてる、と」
「………でかマリアンって誰だ?」
 お好み焼きをくわえたまま、素で首を傾げるケモノには誰も応えなかった。
「つーことはそこのねーさんはどうなるんだ?やっぱジャッシュたちに協力しようと思ってついて来てるのか?」
 今まで我関せずといったかんじで、ひたすら机上のお好み焼きを片っ端から片付けていた銀髪の美女は、ヴァルロスの問いに顔を上げた。
「いや。私も追われている」
「え?何でですか?やっぱり誘拐ですか?」
「反逆」
 口元についたソースを超男らしく手の甲でぬぐいながら言い切ったランスロットに、ジャッシュは頭を抱えた。
(少しは後ろめたく思ってくれよねぇさん…!その堂々たる姿は犯罪者としてどうなんだ…!)
「反逆って…ねぇさん王国兵だったのか?」
「ああ。特殊部隊に属していた」
「うお天敵っ!!すげ〜!道理で強いわけだっ!!」
 がはは、と笑う親分の思考回路が本気で分からない。そういえば、とジャッシュは額を押さえて唸った。
「そーいや親分も指名手配犯…でしたよねぇ…」
「おう、まぁな〜!!この前も特殊部隊とやりあったっけっ!あいつら強いから面白いよなっ!!ええと、なんだっけ?銃使うやつと魔法つかうガキが出てきたんだけど、ねぇさん知ってる?」
「…ああ。多分『魔導師』と『狩人』だな。…元気だったか?」
「おう、もう元気元気ーっ!オレあいつらに不覚とってぶっ飛ばされたんだもんっ!!いやぁまさかあそこであのクリスタルが出てくるとは…」
 ははは、と世間話のようなやり取りをはじめた二人に、ジャッシュはさらに頭痛を覚えてきた。どうしてそんな話がおだやかにできるのか理解できない。
「王国に追われる者ばかりが集まったということか…」
 ビシュタルトが真顔で呟いた。
「類は友を呼ぶ、というやつだな」
「………」
 ジャッシュは本気でこのじじぃと縁を切りたいと思った。呼んでいるのは、絶対にこのじじぃだ。
「…でもたしかに」
 ジャッシュは机を囲む面々を見渡した。
「手配犯、手配犯、手配犯、手配犯、その元凶」
 びし、びし、と一人ずつ指差し確認して、机につっぷした。
「…これじゃ悪の秘密結社じゃんか…」
 自分が数日前まで見ていた夢に、そんな計画はカケラもなかったはずだ。
「あ、あの、あたしは…?」
 自分だけ指を指されなかったことに何故か不安を覚えたらしいティアラに、ビシュタルトが微笑みながら言う。
「ふむ。安心するがいい。お前さんは私と同じだな」
「ということはあたしも“元凶”の方ですねっ!!良かったぁ!」
「うむ。共に頑張ろう」
「はいっ!!一生懸命頑張りますっ!!」
(…わけ分からん…)
 何が良かったのか、何を頑張るのか。
ジャッシュはもうこのメンバーで語られることについては何一つとして理解できないのではないかという気になってきた。
(そもそもティアラちゃんが一体何の元凶だと…)
 考えかけ、やたら目立つ鎧のおやじに目が留まる。
(ああ…なるほどね…)
 この召喚獣のマスターたる彼女は、“手配犯”をつれて歩くことになる“元凶”に違いない。ジャッシュは一人納得して、ため息を吐いた。意味もなく目の前のお好み焼きを細かく分けずにはいられない。
「と、今までの話で我々のことはよく分かってもらえたかと思う」
「へ?」
 ジャッシュは何の話か一瞬分からずに間抜けな声をあげた。そしてビシュタルトが話しかけたらしい先を見て、巨大な毛玉を目にし、やっとそれとその主人らしきものの存在を思い出す。
(そうだった…話の発端はここだったっけ…)
 彼らを同行させるべきではない、と自分が言い出したことからそういう話になったことを忘れていた。周りが濃すぎて。
 しかし自分たちの実態を改めて把握してしまった今、ますますそんな無関係な一般市民(?)の少年を巻き込むわけにはいかない。
「ええと…だからっ!こんなメンツにそんな子をいれると可哀想だろ、すごく!」
 ジャッシュのもっともな主張に、ビシュタルトは大きく頷いた。
「うむ。そういうことだ。安心して共に来るがいい」
「・・・」
 何故そうなる、とジャッシュは机につっぷさずにはいられなかったが、ビシュタルトはそんな彼にはお構いなしで飄々として続ける。
「どこかへ行くにしても、君たちの元居た場所に帰るにしても、二人きりだと大変だろう。特に君の主人がそんな状態ではな」
 毛玉生物はちらりと自分の主人を振り返った。少年はずっと表情を変えることなく、にこにこと笑っている。
こちらと少年を見比べ、かなりの葛藤しているその生物に、ビシュタルトはさらに話しかける。
「私の、君の主人に対する認識が正しければ、ある意味我々と目的は同じだろう?それならば手を組むべきだとは思わないかね?君がいくら力を持っているとはいえ、一人きりだと限界があるだろう。そしてまた、人間にしか守れない状況もあると思う。―賢明な君なら分かっていると思うが」
(…あの毛玉、賢明なのか…)
 妙な感想を抱くジャッシュの耳に、「ケンメイって何だ?」という、自ら毛玉生物以下であると宣言するようなケモノの声が聞こえたが、聞こえなかったふりをしておく。
「無論、我々は構わない」
 …一人称が複数形になっているが、いつじじぃが自分たちにそんな意見を求めたのか。ジャッシュは思わずここ数時間の記憶を遡ってみたが、そんな記憶はかけらも見つからなかった。
 しかし周りを見渡すと、ジャッシュ以外の全員…すなわち居候たちは誰一人として異議はないようだ。ヴァルロスにいたっては何故か大きくうんうん、と頷いている。
(…誰も異議はないのかよ…)
 ジャッシュは深いため息をついた。このまま黙っているには、彼はお人よしすぎた。
「あのなぁ、じじぃ…」
「ん?何だ?何か問題でもあるのか?」
「だ〜か〜らっ!さっきから何度もあるっつってんじゃんっ!!こんな子供をこんな犯罪者集団に入れてやるなっ!!」
 ジャッシュが叫ぶと、ビシュタルトは少しだけ眉根を寄せた。
「む…ではお主はこんな記憶喪失で森の中をさまよっているいたいけな少年を放っておくというのか?」
「そうじゃなくてっ…て…へ…?」
 ジャッシュはさらりと言われた言葉を頭の中で反芻した。
「「「…記憶…そーしつ…?」」」
 驚いたのはジャッシュだけではなかったらしい。ランスロット以外の全員の声が重なった。ビシュタルトが重々しく頷く。
「うむ」
「「「…誰が?」」」
「彼が」
 ビシュタルトに示された先の少年は、相変らずにこにこと微笑んでやりとりを見ている。
「…え…マジで…?つーかじじぃ…なんで知って…?」
「そんなもの話していれば分かるではないか。本人が言っていただろう?名も出身も家族も知らない、と」
 当然のごとく言われて、ジャッシュは唖然とした。
 たしかに、そう言っていた。何を聞いても、「知らない」と。嘘をついているようにも見えなかった。だが。
「…いや…でもさ…?」
 簡単には認められないジャッシュはうろたえながらも、直球で少年に勝負を挑んだ。
「ええ〜と…あの、君さ…記憶ないの?」
 少年はにっこり笑った。
「知りません」
「ほら、そうだろう?」
「いや…あるなしを訊いて、知らないって返事されても判断に困るけどさ…」
 どこか得意そうなビシュタルトに言われ、ジャッシュは頭を抱える。
 確かに記憶喪失なのかもしれない。そう考えた方が、これまでの奇妙な返答に、一応は説明がつくのだ。
(でもなんか違うんだよなぁ…なんつーか…ああ、そうか)
 ジャッシュは違和感の正体に気がついて、口を開いた。
「でもさ、普通記憶喪失とかってもっと…困ってたりとか、怯えてたりするもんじゃねぇ?周り中知らないことだらけなんだし。でもこの子ずっと笑ってて、ぶっちゃけすげぇ幸せそうに見えるんだけど…」
「うむ。どうやら感情崩壊もおこしているようだな」
 またもやさらりと言われた言葉に、発言者と当事者以外の全員が固まった。
 数秒間の沈黙の後、やっとジャッシュが口を開く。
「…え…何ソレ…?」
「分かりやすく言ったつもりだったのだが…つまり、感情を持っていないのだな。受け答えや発言に、意思のようなものが見られない」
 絶句するジャッシュたちに、ビシュタルトは続ける。
「思い出すがいい。先ほど火事になりそうになった時も、少年の言ったことは“火が出た”という一言だ。それはただ事実をありのまま述べたのであって、それに対しての彼の思惟は見られない。“知らない”、というのもまた事実だ。意見でも意思でもない」
「で…でもはかせ…この子、ずっと笑ってますよ?感情がないならそれはおかしくないですか?」
 ティアラがそう言ったが、ビシュタルトは首を振る。
「笑っているのは別に“嬉しいから”でも“楽しいから”でもないのだろう。ずっと変わらず笑っていることがその証だ。どんな話題に対しても、一瞬でも笑顔が途切れることがなかった…いや、違うな、表情が変わることがなかった。…それは感情があるものとしてはあまりにも不自然だ」
 ただ、笑うという行為が少年にとって最も自然な行為だったのだろう、とビシュタルトは言った。
「何があったのかは知らないが…壊れてしまっているのだな」
 凍りついて言葉を失うジャッシュたちの視線を受けて、少年はビシュタルトの言葉を肯定するかのように、反論することも表情を変えることもなく、ただ微笑んでいた。
(…オレが最初に感じた恐怖はそのせいか…!)
 澄み切った瞳に覚えた不信感は、そこに何の意思も見られないから。笑顔に不安を感じるのは、そこにあるはずの感情が欠落しているから。恐怖を覚えたのは、人として壊れてしまっていることへのどうしようもない違和感と異質感からだったということか。
(…つーか、だったらオレの感覚ケモノたちより正しかったじゃねぇか…)
 ジャッシュが混乱のあまりどうでもいいことを心の中で八つ当たりしはじめた時、
「ジャッシュっ!!」
 いきなり机がばき、と音を立てて、叩き壊された。
「…親分…机壊さないで下さい…」
「つれていってやれ、ジャッシュっ!!何か難しいことよく分からんけど守ってやれっ!!弱い者を守るのはヴァルロス家の掟だろーっ!?つーかかわいそうだろ!?こんなとこに置いていったらっ!!かわいくてかわいそうな子なんだからーっ!!」
「お…親分…」
 盛大に涙を流して訴えてくる鎧のおやじに、ジャッシュは「最後の方の意味がよく分かりません」とは言えなかった。と、そのおやじの隣から、可憐な少女が走り寄ってきた。きゅ、と両手を握られる。
「ジャッシュさん…!あたしもお願いします!!あたし…あたし頑張るからっ!!ちゃんと危ない目に遭わせないように気をつけるし、ごはん足りなくなるなら、あたしの分分けて下さって構いませんから…!!」
「………」
 とても健気な訴えだったが、どことなく犬や猫を拾う錯覚に陥ってくるのは、彼女がそう見ているからではないといいなぁ、とジャッシュはぼんやりと思う。
「チンピラぁっ!てめーも男なら仁義ってもんがあるよなぁ!仁義ってもんがっ!!」
「え…まぁ…その…」
 なんだか無駄に暑苦しいケモノから反射的に目を逸らすと、対称的な氷のような瞳とぶつかった。刃そのものを思わせるような剣呑な瞳の持ち主は何も言ってはこなかったが、その目は断ると「気に食わない」とかいって斬りかかってくることが容易に予想される目だった。…何も言ってこないところが、逆に恐ろしい。
「…分かったよ!連れて行くって!!つーかそういう事情なら放っておけねぇよ…」
 ジャッシュが叫ぶと、やったぁ、とティアラとメルカードが万歳した。満足げにビシュタルトやヴァルロスも頷く。
「うむ、さすがは私を助けた男だな…!」
「それでこそジャッシュだぜーっ!よっ、お人よし――っ!!」
「…親分、それ褒めてるんですか…?」
 ジャッシュは微妙は気分になりながらも、ちらりと少年と毛玉に目をやった。
「でも、まぁ…そっちが良ければの話だけどな」
 その言葉に少年はただ微笑んでいた。やはり、何の意思表示もない。
 かわりに謎の毛玉生物がじぃ、とジャッシュを見返してきた。そのまま机を囲む面々を見渡し、最後に少年をみやると、沈痛な息を吐いた。ぴょん、と少年の肩から机へと飛び降りると、並ぶ皿やコップの間を飛び跳ねて、ジャッシュの前までくる。
 そしてひっじょーに不承不承といった感じで、毛皮の中に隠れていたのだろう、今まで見えなかったもふもふした小さい毛玉のような手(?)を差し出してきた。
「え?」
 ジャッシュが反射的に手を出すと、その小さな丸い手らしきものがちょん、と触れてきた。…握手のようなものだろうか。
「つまり、我々と共に来る、ということだな?」
 ビシュタルトが確認するように言うと、毛玉はこくりと頷いた。
 その毛玉のあまりにもいやいやだといわんばかりのオーラに、ジャッシュは少し気の毒になって声をかける。
「も、もちろん安全な所についたらそこで降りてくれて構わないからな!やっぱりオレらと一緒だと狙われて大変だろうからな」
 その言葉に、毛玉生物は一瞬複雑な表情を浮かべたが、毛玉の表情など読み取れる者はいなかったので、誰もそれには気づかなかった。
 かわりにビシュタルトがぽつりと言う。
「…そんなところはどこにもないと思うが」
「そりゃあんたはそうだろうよ、狙われてるんだから」
「オレもだぞジャッシューっ!!オレもオレもっ!!忘れるなよーっ!!」
「…そんな嬉しそうに自己主張するところじゃないですよ、親分…」
 嬉々として挙手する鎧のおやじに、ジャッシュは少し眩暈を覚える。
 どういう神経をしてるんだこの人(?)…。
「私も手配犯だ」
「オレらもだろ、チンピラ」
「あ、あたしも!あたしもはかせに負けない元凶になるよう頑張りますっ!!」
「つまり、全員ということだな」
「…綺麗にまとめればいいってもんじゃないと思うぜ?」
 ひげをなでつつ言ったビシュタルトにつっこんだジャッシュは、ティアラの発言につっこむタイミングを失った。
(…もうまともな人とか贅沢言わないから、せめてつっこみがもう一人欲しい…)
 ジャッシュの頭にクールビューティなヴァルロス一家副長がよぎったが、次の瞬間打ちのめされた。…そういえばオレ、メリッサさん怒らせたままだ…





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背景:創天







©akihiko wataragi&reina miturugi