4.毛玉と少年-4
*
(…何者?)
ジャッシュがそう思うのも無理は無かった。森の中からいきなり現れた、というのも大きな理由ではあるが、その子供は見たことのないような服装をしていたのだ。
たしかに、ジャッシュがいた下の大陸と浮遊大陸では大きく文化も異なる為に、服装も違う。下の機能性重視の…いってしまえば地味目な服に対し、浮遊大陸のものは色も鮮やかでおしゃれなものが多い。アクセサリーなどを多くつけるのも浮遊大陸の民だ。下の大陸の者からすれば、上の衣装はファンタジーなものに映る。ジャッシュの感覚からいけば、ティアラの服は色鮮やかでかわいらしいものに見えたし、メルの服装ですら派手でどことなくおしゃれに見えるのだ。それは別にジャッシュが地味だからというわけではなく、下の大陸のものには共通の感覚だ…と少なくともジャッシュは思っている。
しかしそんな浮遊大陸の服にしても、現れた子供の衣装は変わっていた。
長い袖の服の上に、白くて薄いひらひらした、袖の無い上着のようなもの。白いズボンをはいており、腰には膝丈まである布のようなものを巻いている。そしてやたらたくさんの装飾品を身につけていた。長い夜色の髪を一つにまとめるのにまで、宝石のようなものが使われている。
極めつけに何だかよくわからない半透明なやたら長い布…羽衣とでも言うべきだろうか…を纏っていた。
「「「………」」」
あまりに浮世離れしたようなその格好に、誰もが何も言えなかった。ジャッシュがちらりと見てみると、あのビシュタルトでさえ驚いたようにその子供を凝視していた。
顔や体つきから性別は分からなかったが、服装から多分少年だろう。浮遊大陸は女性がズボンをはくという文化があまりないとジャッシュは聞いたことがある。
少年の方もジャッシュたちに気づいたようだった。立ち止まると、絶句している彼らに向かってにっこりと微笑んだ。
「こんにちは」
「「「…こんにちは…」」」
思わず、といったかんじでジャッシュたちが挨拶を返すと、少年はくすくすと嬉しそうに笑った。
(…っ!?)
その笑顔に、何故かジャッシュは戦慄を受けた。何故かは分からない。ただ、なんとなく危険な気がしたのだ。何がどう危険かと言われるとそれすらも分からないが、本能的に恐怖を感じた。
(…なんだ?)
何かを企んでいるようにも見えないし、笑顔の裏に殺意を隠しているようにも見えない。むしろこんなにも純粋に笑う者をジャッシュは見たことがないかもしれない。それなのに少年の笑顔にこの上ない不安を感じた。思わず他のメンバーを振り返る。
振り返った途端、ヴァルロスのものすごい笑顔を目にしてしまった。隣のティアラも同じような表情をしている。ただ、ティアラの笑顔は新たな出会いに対しての喜びのように見えるが、ヴァルロスの笑顔は猫にむけるような…「かわいいもん見つけた〜!」という類の笑顔だ。…どちらにせよ、二人とも少年に対して不信感はないらしい。
(…いや、本能のケモノならなにか…!!)
メルカードを見ると、奴はぽかん、として少年を見ていた。…と思いきやよく見るとその目は少年のもっている長い布を追いかけている。時折布の端がひらひらとたなびくたびにしっぽがかすかにうずうずと揺れていた。
(ちょっとアレにじゃれつきたいんだなケモノ…っ!!)
しかし少年より布に興味を示しているということは、ケモノ的観点からしても(?)少年に危険は感じないということだ。
(いやいや、時にはケモノよりもケモノ的なねぇさんなら…!)
ランスロットはじっ、と少年を見据えていた。しかしそれも嫌悪の視線ではないらしく、どちらかというと市でおばさまがたが野菜に向けるような視線だった。
(…多分、強いか弱いかを見定めようとしてるんだろーなぁ…)
あんな武器も持たない小柄で線の細い…少年か少女かも分からないような少年(?)にまでそんな視線を向けるところはさすがはランスロットというべきか。…ジャッシュとしては、誰彼かまわずケンカを売るぞ、と宣言されているようでとても怖かった。
しかしこうして見回してみても、自分の他には誰一人として、少年に得体の知れない不安のようなものは感じていないらしい。
(オレの気のせいか…?でもなんか…なんかヤバイ気がするんだよな…あの子)
ジャッシュは少年の目をじっと見てみた。以前ヴァルロス一家で最も商売のうまいメンバーに教えられたことを思い出したのだ。いわく、人の感情に最も素直なのは目であり、そこだけはなかなか感情も隠せない、と。
だが、少年はやはり何かを企んでいるような目はしていなかった。青い瞳はひどく澄んでいて、底が見えるようにも感じた。ただ、それを見てジャッシュは妙な胸騒ぎを覚えた。あまりに澄みすぎていて、ただ世界をそのまま映しているだけのような…そんな風に感じたのだ。
(なんか…水鏡みたいな…綺麗すぎる水には魚も棲めないっていうし…)
「ほほう。お主はなかなか詩人だな」
「ぎゃあっ!?」
いきなり耳元で言われ、ジャッシュは悲鳴を上げて飛びずさった。しかしそんなことはおかまいなしかのようにビシュタルトは頷いている。
「うむうむ。たしかにあの瞳はそんな感じだ。美しくも、巧い例えだ」
「な…な…!じ、じじぃ、今オレの心の中読んだのか!?」
「いや?たしかに心理学も科学の一つだとは思うが…お主、自分で呟いていたのに気づいてなかったのか?」
「え…」
オレってもしかして独り言多かったりするんだろうか…?
「いやいや。地味な男かと思いきやなかなか良い感性を」
「わ―――っ!もう、もういいからじじぃ!!」
ジャッシュが赤面して叫ぶのと同時に、
「うお―――――っ!?」
ヴァルロスの悲鳴(?)が響き渡った。間髪入れずジャッシュのそばを炎の帯が走っていく。
「…へ?」
残る熱の余韻におそるおそる振り返ると、メルカードの手の中で毛玉がじたばたと暴れていた。ぱかりと口を開く。大きく息を吸い込んだかと思うと、次の瞬間ごう、と炎を吐き出した。
「うおぉ―――――っ!!」
…どうやらヴァルロスの叫び声は悲鳴ではなく歓声だったらしい。子供が怪獣の芝居などを見るときと同じように目を輝かせ、喜んでいる。
(………火、吐いた?)
ジャッシュは呆然とその謎の生物を見た。本当に何なんだろう、コレ…。
生物の正面にいたランスロットはこともなげにその炎を避けていたが(おそらく一撃目もそうだったのだろう)、自分だったらと考えて身震いした。…しゃれにならない。
「てめ――っ!!大人しくしやがれっ!!」
急に激しく暴れだした毛玉だったが、メルカードはその手を放さなかった。じたばたと暴れまわる毛玉に少年が気づいた。わぁ、と笑みを深める。
「もふもふ!」
「「「…え…?」」」
知り合い…?つーかこれもふもふっていうの…?
しかし少年はその暴れている知り合い(?)を助けようとはしなかった。毛玉の生物とそれを掴んでいるケモノを見比べて微笑む。
「おかあさん?」
・・・・・・・・・。
その言葉にジャッシュたちもソレらを見比べた。白い毛のケモノと、その手の毛玉。
(いや、それはないだろう)
しかし常識的なジャッシュの隣で、天然少女が手を叩いた。
「わぁ、その丸い子はメルカードさんのお子さんだったんですね…!かわいいお子さんですね!」
「そういえば似てるよな!!どっちももふもふしててかわいいよな!!」
「似てねーよ!つーかかわいい言うな!!」
ティアラとヴァルロスの言葉にメルカードは吠えた。
「そもそもおかんってなんだ!!オレは男だ―――っ!!」
「お前もそこにつっこむんかい…」
ジャッシュは思わずつっこんだが、少年はメルカードの叫びに怖がった様子もなく、笑顔のまま小首を傾げる。
「おとうさん?」
「違うっつーの!!」
「おに…」
「だから違うっ!!まったくの赤の他…」
言いかけてメルカードはじっと握ったままのその毛玉を見た。
(他人、じゃねぇよなぁ人じゃねぇし…)
少し沈黙した後、メルカードはがぁっ、と叫んだ。
「た…他玉だ―――――っ!!」
(…バカだ…)
ジャッシュは思わず口をぽかんと開けた。他玉ってなんだ、他玉って。
「あっ!!」
ティアラが思い出したように謎の毛玉生物を指差した。
「その子、さっき妖精さんと一緒にいた子です!」
「…妖精、さん?」
ジャッシュがファンタジーな用語におそるおそる尋ね返すと、ティアラはきっぱりと頷いた。
「はいっ!あの!!」
「………」
あの、と指差された先の少年を見やり、ジャッシュは沈黙する。
(…妖精って目に見えないもんなんじゃ…何より小さいって…)
少年はたしかにファンタジーな格好をしてはいるが、きちんと肉眼で見えているし、小さい…ことは小さいが人間の範疇の小ささだ。手のひらに載るようなサイズではない。
と、今まで黙っていたビシュタルトがうむ、と頷いた。
「なるほど…そういうことか…」
「…どーゆうことだよ…」
まさか本当にあの少年が妖精だとでも言うのかとジャッシュは身構えたが、ビシュタルトはジャッシュの問い(?)には答えず、メルカードに声をかけた。
「ケモノよ、とにかくソレはあの子のものらしい。返してやりなさい」
「…む〜…人のものを取るのは悪だな…しゃーねぇ!!」
しぶしぶメルが手を放すと、毛玉のような生物は一目散に少年の元へと飛び跳ねていった。そのままスピードを緩めることなく、少年の身に纏う意味不明な長い布をくわえると、ぐい、と森の方へとひっぱった。
「?」
ぐいぐい布をひっぱる毛玉に素直に従って、少年はそのまま森へと消えようとする、と。
「まぁ、待ちたまえ、もふもふ君」
じじいがいきなり声をかけた。しかも毛玉の方に。
(普通はそっちじゃなくてあの子の方に声かけないか…?)
ジャッシュはそう思ったが、何故だかそれはそれで正しい気もした。あの謎の生物の方が主導権を握っているように見えたからだろうか。
ビシュタルトの呼びかけに、毛玉が振り返る。その丸くてつぶらなはずの瞳が逆三角形につりあがっているように見えるのは目の錯覚ではないはずだ。
しかしじじぃは気づいているのかいないのか、ひょうひょうとして言った。
「腹は減っていないか?」
なに言い出すんだこのじじぃ、とジャッシュは呆気にとられたが、ビシュタルトはしごく真面目そうな表情で続ける。
「ここで出会ったのも何かの縁だ。出会いは大切にするべきだろう。幸いこの男は料理が上手い。君と君の主人にそれなりのものを振舞えると私は確信している」
「お、おい、じじぃ!?」
いきなり示されたジャッシュは慌てたが、それは彼だけだったらしい。
「あ、いいな、それ!メシは人多い方がウマイもんな!!」
「そうですよね!一緒にごはん食べましょう!!」
あがる賛同の声にビシュタルトは頷いた。
「ということだ。どうだろう?ここは一つ、ちょっと寄っていってはどうかね?もうすぐ日も暮れる。闇の森は危険だ。君の主人を護るためにも悪い提案ではないと思うのだが」
背後の船を示すビシュタルトに、謎の生物は動かなかった。迷っているのだろうか。
(つーか一応船長なのに完全に無視して話進められてるオレってどうなんだろうか…?)
ジャッシュの繊細な悩みは気づかれる予兆すらなく、やはり無視されていく。
「いや、大丈夫だ。悪いようにはしない。嘘だと思うなら私の目を見てみてくれたまえ」
その言葉に、毛玉のような生物はじいっ、とビシュタルトを睨むように見上げた。
ビシュタルトもそれをじっと見つめ返す。
…はたからみると見つめあう毛玉と老人というよく分からない図だった。
それがはたしてどのくらいの時間だったか。やがて毛玉はふっ、と息を吐くと、少年の纏う布をぐい、とジャッシュたちの方へと引っ張った。