4.毛玉と少年-3
(…と…飛んだ…)
見事な跳躍でピクニックシートに座る面々と、フライパンを片手に握ったままのジャッシュの頭上を、メルカードは確かに跳んだ。
人間離れしたその身体能力にびびったのはどうやらジャッシュだけらしく、ピクニックシートからは、おお!とかきゃーすごーい、とかいう歓声が上がっている。
(というかあの毛玉が跳んだからって跳ぶ必要はどこにもないような…)
普通に地面走っていけばいいのに、とジャッシュが心の中でつっこみを入れられるほど冷静になったころには、メルと謎の綿毛生物の大毛玉戦争は始まっていた。
「くらえっ、このトウガラシが―――っ!!」
メルカードの唸る右腕を、ひょい、とトウガラシ(仮定)は避けた。
「お前なんか切り刻んでっ!!」
すかさず襲い来る左腕もひょい、とかわす。
「あのフライパンにぶちこんでやるわ―――っ!!」
(…これに?)
「ええっ!?とうがらしって辛いんですよね…あたし、あんまり辛いのは少し苦手で…」
メルの叫びに思わず右手のフライパンを覗き込んだジャッシュの後ろで、ティアラが心配そうにその毛玉同士の攻防を見守りつつ呟く。するとその召喚獣のおっさんが豪快に笑った。
「ははは、まかせなマスターっ!オレがとうがらしだけ全部食ってやるさっ!!」
「ええっ!?本当ですか!?」
「ああ!マスターの敵はオレの敵だっ!!マスターには近づけさせないぜっ!!」
「わぁ、ありがとうございます〜!!」
(………)
果てしなくズレていく召喚士とその使いの会話に、ジャッシュは何故だか聞いているだけで疲れを感じてきた。親分はたしかにズレた人だったが、ティアラと組むことによってさらにパワーアップしているらしい。
(ズレ×ズレ=ズレの二乗、か…)
「でもメリッサには内緒だぜ〜?あいつ好き嫌い許さないから、食ってやるとオレぼこられるんだ〜!」
「はい〜!!って、メリッサさんってどなたですか?」
(ああ…どんどん話があらぬ方向へ…)
「…やるな」
わきあいあいとヴァルロス一家について話だしたティアラたちの声に、ぼそりと低い声が混じった。…同じピクニックシート内とは思えないほど深刻な雰囲気を醸し出しているのはランスロットとビシュタルトだ。二人はメルカードとトウガラシ(仮)の戦いを一心に見つめていた。大皿にのった焼きそばを肴に。
「…ってねぇさんたち、その焼きそばは二人分じゃなくて一応6人分なんですけど…」
そういえば皿がランスロットに渡ったままだったことと、それがたった二人で食い尽くされようとしていることに今気づいたジャッシュが言ったが、二人は観戦(と食事)に真剣で、全く聞いていない(のか、聞こえないふりをしている)らしく、二人で呟いている。
「うむ。見事なフットワークだな」
「…ああ…」
「しかしメルカードもなかなかだ。あの者も攻撃をかわすのが精一杯と見える」
「ああ。完全に逃げ切れはしなかった、という感じだな…途中で撒こうとしたが撒けなかったと…そんな動きに見える。今もメルを倒すというよりは、この場から去ろうとしている感じだ」
「うむ。しかしそれをメルカードが許さないのだな。ううむ、見事だ」
「ああ。そしてあの攻撃をすべてかわすとは…おもしろい、あのトウガラシ…」
「…いや…あの…」
もし今はしを握っていなければ即飛び掛りそうなランスロットに、ジャッシュは頭を痛める。
(あれはトウガラシじゃない、っていう意見はなんで出ないんだろう…)
どう見ても、動いているのに。
動いているなら動く物と書いて“動物”だし、動物ってことは植物じゃないだろうし。
「そもそもなんであれがトウガラシなんだ…?」
色も外見も全く違うのに、と(誰も聞いてくれないから)一人で呟くジャッシュに、そのトウガラシとの戦闘を繰り広げているメルカードが叫んだ。
「おい、チンピラ!!こうなりゃ一対一とかどうでもいい!お前も捕まえろっ!!」
「いや…あの、さ…」
「いいんだよ!相手は植物なんだからっ!!正々堂々とかそんなんどーでもっ!!」
「いや、だから…」
(誰もそんなことを気にしてるんじゃないんだけど…)
「あー、ぐずぐずすんなよ!!もう誰でもいい!奴を捕まえろ―――っ!!」
「よっしゃー!まかせろーっ!!」
「頑張って下さい、ヴァルロスさん!!」
「おうよっ!!」
メルカードの叫びに応えたのは鎧の派手派手しい召喚獣だった。ティアラの声援に爽やかな笑顔で返し、戦場へ躍り出ると、飛び掛った。
「うお―――っ!!でかマリアーンっ!!」
「ギャ―――――っ!?」
…メルカードに向かって。
「何しやがるんだおやじっ!!放せっ!捕まえるのはあっちだよっ!!つーかお前誰だっ!?」
しかしヴァルロスは聞いていなかった。目をきらきらと輝かせて、メルカードの毛並みをわさわさとなでる。
「お〜すげーふさふさ…!かわい〜な〜っ!!」
「誰がだっ!!かわいいゆうなっ!!」
「わ〜いいな〜ヴァルロスさんっ!!あたしも触っていいですか〜っ!?」
「いいわけあるか〜!!」
「おういいぜマスター!!ほらほら、すげぇふさふさ!」
「きゃ〜!!ほんとだ〜!!ふさふさ〜っ!!」
「おいてめぇら人の話を…!!」
(…親分に悪気はないんだろうなぁ…ただふさふさだったからついそっちに行っちゃって、目的を忘れただけっぽいもんな…メルにとっちゃ災難だが…)
メルカードを捕獲したまま夢中でいじくり回すヴァルロスとティアラの様子に、ジャッシュはひそかに合掌した。強く生きろよ、ケモノ…。
「…逃げるぞ」
その光景を見ていたビシュタルトの呟きに、メルカードたちははっとして本来向かうべき相手のいた方を見やった。その視線の先で、丸い巨大綿毛のような生物は、今にも茂みに消えようとしていた。メルが叫ぶ。
「逃がすか―――っ!!あいつを止めろ――――っ!!」
「分かった」
ぱち、と空になった大皿にはしを置いて、今度はランスロットが跳んだ。空中で抜刀の煌きが弧を描き、着地と同時に地面に突き立てられる。
「ギャ―――っ!?」
誰も殺せ、とは言ってなかったような。
ジャッシュは青ざめて叫んだが、その心配をあざ笑うかのように、剣の先から毛玉がはねた。今の攻撃すらかわしていたらしい。
証拠に、ランスロットの唇がかすかに笑みを浮かべる。
「やるな」
「ちょっと待てねーさんっ!!」
思わず叫んだジャッシュをランスロットは振り返った。
「何だ」
「何だ、じゃないでしょ!それやったら死ぬって!殺せとは言ってないだろ!!」
「止めればいいのだろう?殺せば止まる」
「あんたね…」
世の理とばかりに言い放ったランスロットを、本気でヤバイ人だ、とジャッシュは再確認した。固まるジャッシュに、ランスロットは少し考え直したのか、メルカードへと尋ねた。
「…まずいのか?メルカード」
「まずくねぇ!!」
…打てば響くような返答だった。
「で、でも殺さなくてもいいんですよね!あたしも頑張りますっ!!」
ティアラが健気にも走っていって、謎の毛玉生物へと手をのばすが、当然、余裕で避けられた。おまけに、は、とどう見ても鼻で笑われた。
「な…なんか今あたし笑われた気が…」
「…安心しなティアラちゃん…オレもそう見えた…」
「うお――っ!!むかつく――っ!!放せオヤジっ!!やっぱオレがやる―――っ!」
「加勢しよう」
どこか楽しそうなヴァルロスを振りほどき、再び毛玉を追いかけ回しはじめたケモノに、ランスロットが呟くように宣言し加わる。どう見ても殺る気満々な二人に、ジャッシュは焦った。
「あああ…何の生き物か知らないけど殺すよあれ絶対…!!ちょ…親分何とか…!」
「うーん…やっぱジャッシュもそう思う?ほら、オレねぇさんとの約束で次の獲物譲るって言っちゃったんだけどさ…だよなぁ…オレとしてもマスターを笑われちゃうと…やっぱやるしかないよなぁ?やってもいいよな?」
「そんなことオレかけらも思ってませんよ!!」
「よっしゃー!オレも混ぜろやーっ!!」
楽しそうに駆け出していったヴァルロスに、ジャッシュはティアラを振り返った。
「ティアラちゃん、あの…親分を何とか…!!」
「ご、ごめんなさいジャッシュさんっ!!あたしにもっと力があればちゃんと殺さずに捕まえられたのに…!」
「いや、それは仕方ないって!でもティアラちゃん、とにかく親分止め…」
「あたしに今出来ること…!そうだ、何か召喚しますねっ!!」
「いや、もうホントそれだけはかんべんして下さい」
ジャッシュが本気で頭を下げると、一人傍観に徹していたビシュタルトが頷いた。
「うむ。その必要はないようだな」
見ると、バトルは一方的になっていた。
いくら謎の生物がすばしっこいといっても、さすがに1対3ではどうにもならなかったらしい。ちょこまかと逃げ回ってはいるが、戦闘狂2体とケモノ一匹に取り囲まれ、勝負がついたも同然だった。
「これで終わりだ―――っ!!」
メルカードの爪を、それでもトウガラシ(仮名)は避けた。そこに襲い掛かるランスロットの音速の剣もぎりぎりかいくぐった。さらには迫るヴァルロスの抱擁までかわしきったが、その後のメルカードの攻撃まではさすがに対処できなかったらしい。
ついに謎の生物はメルの右腕にむんず、と掴まれた。
「よっしゃー!!やっと捕まえたぜ―――っ!!てこずらせやがってこのトウガラシっ」
「あ〜いいないいな〜!オレにも!オレにもさわらせてくれっ!!」
「あ!あたしもさわりたいです〜!!」
「うむ…これは是非近くで見ておかねば。今後の科学のためにも」
全員がわらわらとメルカードに寄っていく。ジャッシュは一瞬躊躇したが、やはり好奇心に負けて、みんなと一緒に、メルに掴まれたその謎の生物を覗き込んだ。
その生物は白い毛に覆われた、直径10cmほどの球体のような形をした…いうなれば近くで見ても毛玉のような生物だった。その丸いボディに小さな黒い丸が二つ並んでついている。剣呑なオーラを飛ばしているそれが多分目だろう。また球体の下部に二つ、さらに小さな毛玉がついており、それがじたばたともがいていた。これまでの様子からしても足に違いない。さらにメル側…毛玉からいうと目と逆側なので背中ということになるだろう…そちらにももう一つ小さな毛玉がちょこんとついている。しっぽだろうか。
(…なんか…どこまでいっても毛玉が寄り集まったようにしかみえねぇ…)
近くで見れば見るほど、見たことも聞いたこともない生物のようだった。
「なぁ、なんだこれ?」
「トウガラシだろ―――!?」
満足そうに答えるメルカードに、ジャッシュは額を押さえた。
「いや、絶対それはないって…大体、どうしてそう思ったんだよ?」
「だって見たことないし。幻ってこんなだろっ!!」
「うむ…一理あるな」
「ねぇよ!!」
メルカードの言い分に頷いたビシュタルトに、ジャッシュは叫ぶ。
「どこの世界に動くトウガラシなんてもんがあるんだよっ!!」
「科学とは常識という壁を破る術なのだ。それに囚われていては科学の発展などありえぬぞ?そう考えればメルカードは科学者の素質があるのかもしれんな…」
「…いや、ただバカなだけでは…なぁティアラちゃん、コレここらへんの生き物?」
ジャッシュの問いに、その毛玉生物を触りたそうにうずうずしていたティアラは首を振った。
「違うと思います。少なくともあたしは見たことが…あれ?」
ない、気がしたけど、でもどこかで見かけた気もするような…と呟く彼女の頭に、ビシュタルトが優しく手を置いた。
「コレはこんな場所に属するものではない。見たことがなくて当然だ。気にすることはないぞ」
「じじぃ、知ってんのかコレ!!」
「トウガラシだろ!?」
「…もうお前黙っとけよ…」
ビシュタルトはふむ、と眼鏡を押し上げながら、謎の生物を珍しそうに見る。
「知っている、と言えば御幣がでるな…私も実物を目にするのは初めてだ。貴公はどうだ、召喚獣」
「オレもはじめて見た――っ!!わぁかわい〜な〜!!なぁなぁ、プチマリアンって名前はどうだ!?」
「飼うんかいっ!?」
ジャッシュが叫んだ時、毛玉はぴたりと暴れるのを止めた。同時にソレを掴んでいたメルカードの耳がぴくりと動き、無表情にも興味深々にその生物を眺めていたランスロットと、いかにもでれでれとしていたヴァルロスの表情が一瞬で引き締まった。
ばっ、と3人は同時に一方を振り向いた。偶然か、それとも彼らと一緒に何かを感じ取っていたのか、ビシュタルトがそちらにのんびりと視線を向けたのも同時だった。
「へ?」
「え?え?」
いきなりのことに間抜けな声をあげながら、ジャッシュとティアラもつられてそちらを振り向いた。
急に静かになった空間に、小さな音が聞こえてくる。
(…え?)
それは草を踏む音だった。だんだんと近づいてくる。
「獣…?」
「いや、それにしては音が大きい」
「…けど人にしちゃ軽すぎねぇか?」
ぶつぶつと囁くような3人の会話に、ジャッシュとティアラは緊張に身を硬くした。それと同じくらい、いやそれよりももっと固まってそちらを凝視している謎生物には、誰も気づかない。
全員の視線を受けて、森の茂みが軽く音を立てる。さく、と草を踏んでそれは姿を現した。
「「「…え…?」」」
現れたのは人間の子供だった。あまりの意外さに絶句するジャッシュたちの中で一人(?)謎の生物が悲鳴のようにキー、と絶叫した。