4.毛玉と少年-1
「人」と称されるものは大きく分けて二種族ある。
一般的に「人間」と呼ばれるそれと、主に浮遊大陸に生息する「獣人」と呼ばれる種族である。
獣人は獣のような姿をしてはいるが、見た目ほど人間と違いはない。好みや習慣の差はあるものの、生活形態も食事の摂り方もそんなに人間と変わらなかった。下の大陸ではあまり見かけられない為に奇異の目を向けられることもあったが、それは単に珍しいからであって、彼ら自身に問題があるわけではない。
ただやはり姿の違いからか、彼らは人間にはない優れた能力を持っていた。鳥のような姿をしたノイジィ族は空を飛ぶことができ、魚のヒレを持つメリア族は水中で呼吸をすることができる、というようにである。多種多様な「獣人」はその姿に見合った優れた力を持っているのだ。
そんな「獣人」の一つ、ガランタ族は白い毛並みの獣に近い姿をした獣人である。運動能力において秀でており、特にそのスピードにおいては他の獣人すらもはるかに凌ぐことで有名だったが、その分あまり深く考えずに直感で動く者が多いと…つまりは頭脳労働には向いていない種族という点においても同じくらい有名だった。
メルカード=サルードはそんな一族の中でも、「頭は運と体力とロマンでカバーしてるよな」といわれるような男だった。
「とうがらし!」
そして彼は今、その誉れ高い体力とスピードでもって森の中を全力疾走していた。
「とうがらしとうがらしとうがらしとうがらしとうがらしぃ―――っ!!」
召喚士の村を襲うドラゴンを撃退する必須アイテムを忘れないように連呼しながら、白い風になっていたメルカードはあれ、と呟くと急に立ち止まった。
「…とうがらし…」
森を見渡し、小さく唸る。途方に暮れたようにしっぽがぱたりと揺れた。
「…とうがらし…って…どんなのだ…?」
そういや見たことねぇ、と今更な呟きが風にのって消える。
いや、とうがらしそのものを見たことがないわけではない。それは見たことがある。ジャッシュの船でも箱一杯に詰まっていたのを見た。
ただ、自然の…生えているとうがらしというものを見たことがなかったのだ。
よく考えれば密輸商人が運んでいるようなものだ。浮遊大陸にはない植物ということになる。この森に生えている、と聞いたのだから、浮遊大陸にも生えているところはあるのかもしれないが、少なくともガランタ族の住むアッシュダリア大陸にはない。刺激の強い香辛料などとは縁のない、素朴な野菜や木の実が多い地なのだ。
「トウガラシ、かぁ…」
メルカードのしっぽがまた一つ、ぱたりと揺れた。
「カタチ的にはひからびたなすびだよなぁ…なら地面に生えてんのか…?ん〜でもバナナにも似てるっていやぁ似てるよな…だったら木になるし…いや、まてよ…もしかしたら芋みたいに地面の中にできるのかもしれねぇよな…」
メルカードは辺りを見回してみた。とうがらしの生った草は見当たらない。
頭上を見上げてみた。とうがらしの木らしきものはない。
足元を見下ろしてみた。あいにく透視なんて特技はないので地中にとうがらしがあるのかどうかも分からない。
「ん〜…」
しゃがみこんで手近な草を引っこ抜いてみるが、そこには土のついた根しかついてない。
「うぅ…」
ぽい、とその草を放り投げると、辺りのにおいを嗅いでみる。とうがらしっぽい匂いはしない。
「うう〜?」
これまでに走ってきた森の道にもそんなものは見当たらなかった(と思う)。
とすると。
ふさふさのしっぽがまたぱたり、と揺れて地面を叩いた。
「…よっしゃ!」
メルカードは一つの結論に行きつき、勢いよく頷くと両手を振り上げた。
その指先には鋭い爪がきらりと光っている。
「いくぜ―――――っ!!」
叫ぶや否や、その両腕は振り下ろされた。
ずっしゃー、と地面がえぐれ、土が飛ぶ。
それと一緒に草も飛ぶ。
見たことがない・見当たらない=地面の中に生えるんだろう、との結論から、メルカードは全ての草(と地面)を掘り返すことにしたのだった。
「おらおらおらおらおらおらおらおら―――っ!!」
叫びと共に宙を舞う土と草。
後に残るのはそのまま立派に畑でも作れそうなくらい掘り返され、耕された地面。
掘る場所が森でなかったなら、彼は多くの人々に耕運機として重宝されただろう。
「おらおらおらおらおらおらおらおらおらおらお…っ!?」
数百メートルほど耕したところで、メルは一瞬、手に地面や草とは違った…なにやら柔らかい感触のものが当たった気がして、ふと動きを止めた。その体勢のまま今しがた飛ばしたものを見やる。
茶色と緑と白が大きく宙を舞っていた。
「…ん?」
茶色は土、緑は草だろう。しかし、白…?
ほれぼれするような美しい弧を描きながら、その白い物体は地面へと落ちていった。
かなり遠くに、しかし視界に入る位置に落ちたそれが、ぽん、と地面を跳ね、ころころと転がって動かなくなるまで見やっても、メルにはその白が何なのか分からなかった。
「…なんだありゃ…?」
動きが止まってもさっぱり分からない。でかい…手のひらサイズの巨大な毛玉にしか見えない。
「………」
少なくとも、今まで見たことがないようなものに思えた。
となると。
メルカードは一つの可能性にぱっと顔を輝かせ、立ち上がった。
「トウガラシかっ!!」
見たことない=幻のとうがらし。
メルの頭はそのような図式を一瞬にしてはじき出していた。
そうだ、見たことないし!
白くて丸くて毛の生えたとうがらしがあってもおかしくない!だって幻だしっ!
とうがらしは赤くて細いものだけじゃねぇんだ!!
「よおっしゃぁ―――っ!とうがらしげぇーっとぉっ!!」
歓喜の雄たけびをあげながら地面に転がった幻のとうがらしに駆け寄る。真上から見下ろしてもそれはやはり毛玉にしか見えなかった。
「よし、これでドラゴン退治してオレは英雄だな―――っ!!」
にんまりしつつ幻のとうがらしに手を伸ばしたその時。
むくり。
…幻のとうがらしが動いた。
風に吹かれたのとは違う。まんまるなのでとても分かりづらかったが、地面の方に二つ、小さい毛玉のようなものがある。…どうやらそれで立ち上がったようだ。
「………!!幻のトウガラシには足があるのか…っ!!」
とうがらしは二・三度その足のようなものをぴこぴこと具合を試すように動かした。
「しかも自力で動く…っ!すげぇっ!さすが幻っ!!」
幻のとうがらしはくるりと向きを変えたようだった(丸いので分かりにくい)。
白いだけだったそのボディに小さくて丸い、黒い物体二つ並んでついているのが見えた。それがじぃ、とメルの顔を見上げる。
「おおぉっ!!幻のトウガラシには目(?)もあるのかっ!!」
さらに未知の植物はメルの前で状態変化を起こした。
目の下の皮に真横に線が入ったかと思うと、それがぐわりと大きく上下に広がる。
「すげ―――っ!口(?)も―――…」
叫びかけた時、幻のとうがらしはその裂け目…口からごっ、と火を吐いた。
「うおぉっ!?」
ごうっ、と襲い掛かってきた熱の塊に、メルはとっさに身を翻した。熱風が体中の毛を揺らして通り過ぎる。
「火まで吐くとは…!ってあっぶねーっ!何しやがるこのトウガラシ――っ!!…ん?」
焼けたにおいに振り向くと、ふさふさのしっぽが一部かすかにこげていた。炎の帯は一瞬かすったらしい。
「うおおおお!?てめぇオレのしっぽを―――っ!!…んん?」
さらにばちばちと何かが爆ぜる音に周囲を見渡すと、地面の草が燃えていた。
「うああああっ!?」
草が燃えると幻のとうがらしが探せない。
いや、目の前の元凶がそうなのだが、一つであんなでかいドラゴンが参るとは思えない。もっと数がいるだろうから、探さないといけなかった。それなのに。
草が焼けたことにショックを受けるメルの様子に、とうがらしはにやりと…丸くて可愛らしい外見からは想像も出来ないような…真っ黒な、と形容するのが相応しいような笑みを浮かべた。そして息を吸い込むと追い討ちとばかりに、辺り一面の草を残らず焼き払う。
「おああああああああっ!?て…てめぇ…っ!!」
怒りに満ちた目で見下ろすと、とうがらしは、は、と鼻で笑った(ようにメルには見えた)。
「同じとうがらし仲間がいるかもしれねぇってのにこんなことしやがって何とも思わねぇのかよ…!」
それでも瞬間沸騰は何とか抑えてそう唸ると、とうがらしははぁ?とバカにした目と嘲笑を向けてきた。あんた何言ってんの?というような。
その態度に、メルカードの中のなにかがぶち、と大きな音を立てて切れた。
「このトウガラシがぁ―――――っ!!」
ばっ、とメルの両手の爪がむきだしになる。
「トウガラシの分際でガランタの誇りをけがしやがったこと後悔させてやるぜ――っ!」
構えた瞬間また炎がメルを襲う。あまつさえ“バーカ”、といわんばかりの流し目を受け、メルカードは吠えた。
「てめぇなんぞドラゴンにやるか―――っ!!オレがこの場でギタギタにして食ってやらぁ―――っ!!」
相手は炎を吐くまでに、口を開けてから数秒かかっている。その間さえ与えなければ楽勝だ。
「所詮植物―――っ!!千切りじゃ―――っ!!!」
電光石火の速さで一瞬にして間合いをつめると、メルカードはとうがらしに向かって腕を振り下ろした。しかし、それは見かけによらない俊敏な動きでぱっと避けた。
「な…?」
驚き見開かれる目の前で、とうがらしは“ざーこ”と笑った(ようにやはり見えた)。
「に゛ゃ―――――――っ!!!」
遂にメルカードは意味不明な叫びをあげ、全身の毛を逆立てた。憎きとうがらしを刻もうと、ぶんぶん腕を振り回す。
それをとうがらしはぴょいぴょいと見事な動きで全てかわす。そのままメルカードが来た方の道へと駆け出した。
「うがぁ――――――――――っ!!!」
メルカードもそれを追って走り出した。怒りでほぼ獣そのものとなっているガランタの少年は、とうがらしが一瞬、背後の木をちらりと振り返ったことなど、もちろん気づきはしなかった。
うおー、という叫びが遠のき小さくなったころ、とうがらしが避けるようにして離れた…最後に心配そうに振り返った一本の木が、がさりと揺れた。
梢を大きく揺らし、降ってきたそれは、大地に重さなど無いようにたん、と軽く降り立った。腰に巻いている布を両手で持ち、そこに出来た即席の籠にたくさんの木の実を抱えている。
「………」
それはきょとんとして辺りを見回した。
焼けて草の生えない森の大地に眉をひそめることもなく、ただ、見渡していた。
何かを探しているようにも見える動きだったが、それにしては曖昧な…どうでもいいような、というよりは、明確な意思が見られる動きではなかった。
「………」
しばらくそのままぼんやりと佇んでいたが、ふと、何かに気を惹かれたように瞬きをした。一方に目をやり、にっこりと微笑む。
それは木の実を持っていたことなど忘れたかのように、手にしていた布を放した。ふわりと布は重力にしたがって木の実を地面へと落とす。転がる木の実には目も止めず、そのまま惹かれた方へと走り出した。
―――何だかよく分からない、叫び声のような音の聞こえてくる方へ。