3.空の島の召喚士-9
目の前にあるのが、一般常識的にいう「動物」でないことは気がついている。だが、それは彼女にとって大きな問題ではない。
ランスロットは剣を横倒しにしたまま、ネズミの形をした獣にとびかかる。ネズミの爪がふりおろされるのを、先程までで慣れきった感覚でさらりとかわし、そのままランスロットは相手につっこんだ。びしりとした手応えがあったのは、一瞬で、そのまま剣にかかった重みが軽くなった。通り抜けた瞬間に、ちらりと後ろに目を走らせたランスロットの目には、ネズミの姿は見えなかった。
「やったか……」
ランスロットはそうつぶやき、一息つこうとしたが、ふと剣を直す手を止めた。ネズミは半透明にはなっていたが、まだ異世界にかえすまでにはならなかったようだ。半透明にうすくなったネズミの爪は、未だに実体を備えている。後ろから飛び掛かってくる気配を感じ、ランスロットは再び戦いに備えた。
ヒュッと、音が鳴り、反射的に身をかわしたランスロットの頭上で、何かが爆裂するような音が聞こえる。青ざめた光が飛び交ったと思うと、すぐに静かになる。半透明になっていたネズミは、空間の割れ目でもそこにあるかのように吸い込まれて消えていく。
獲物を捕られたことに警戒しながらランスロットは、顔をあげる。上空に相手がいることは、先程の攻撃の高さからしてよくわかっていたのだ。
「やるなあ、ネエちゃん! ここまでやるとは恐れ入ったぜ! メリッサ並だなッ!」
すたっと、上空から飛び降りてきた男は、ランスロットの知らない顔だった。時代錯誤な武装に、嫌に煌びやかな大剣を抱えている。見るからに怪しい男だが、ランスロットにわかるのは、とりあえず強敵だということである。
「ネ、ネエさん! そこにいるのは、オレの、知り合いだからっ! だからーっ、絶対襲いかからないでー!」
上の方からジャッシュの悲痛な声がふってきたような気もするが、とりあえず無視し、ランスロットはちゃっと剣を構えた。ジャッシュの声はもはや聞こえなかったが、慌てたのは剣を向けられた男の方だ。
「おっと、ちょい待ち!」
やや焦ったようにヴァルロスは、言った。
「敵じゃないよ。少なくとも今やり合うのは危険だ、そうだろ? あとで暇なときに相手するからさあ」
「何者?」
「うーん、何者っていわれると迷うなあ。人間なんだけど、あれ、でも人間の範疇に入らないっていわれたような……。うーん、まあ、人間らしきものだ!」
迷って考えた割に自信満々にいうヴァルロスを見ながら、ランスロットはひとまず剣を引くことにした。とりあえず、本人が人間(らしきもの)だと言っているのだし、あとで相手をすると言っているのだから、今は戦うこともないだろう。
「よしよし! 聞き分けのいい奴は得するぞ!」
どこまで本気なのかはわからないが、ヴァルロスはそういって笑うと、向こうで暴れている巨人の方を見た。
「あの敵と竜オレにくれよ」
「それはダメだ」
ヴァルロスの言葉に、ランスロットは即答する。ヴァルロスはやや困った顔になった。
「えー、じゃあ、早い者勝ちでいい?」
「おやぶーん! その人と話しても仕方ないですよ! もう、どうにかしてください! なるべく迅速かつ穏便にー!」
このままだとどうなるかわからない。ジャッシュは、あえて口を挟む。
「よし! 迅速かつオンビンにだな! 任せとけえっ!」
無反応のランスロットと対称的に、ヴァルロスは剣を握った手を振った。あきらかに「穏便」だけ意味が伝わっていない様子に、ジャッシュは青くなったが、そんなことヴァルロスが気づいているはずもない。
「それじゃあ、早い者勝ちだ!」
ヴァルロスは、ランスロットにそう宣言すると、ヴァルロスがいきなり、剣を翻す。唐突なことにランスロットは阻止しようとはおもったようだが、ヴァルロスの攻撃は通常のものではない。魔力を含んだ剣は振るった途端、光の輪が飛んだ。巨人にぶつかりざま、小さな石の破片が燃えながら飛びちった。バランスを大きく崩す巨人だが、まだ元の世界に返すにはいたらなかったようだ。
「チッ、力をちょっと押さえすぎたか!」
そうつぶやき、ヴァルロスは巨人を見上げる。やや崩れながらも、巨人は、ようやく彼らを敵として認識したようだった。怒りもあらわに唸りながら、ヴァルロスの方に手を伸ばす。
「しつけえな! 帰れったら帰れ!」
ヴァルロスは、剣を半円描かせながら、先程よりも強い力で振るった。稲妻のように赤い色と青い色のスパークを纏いながら、平らな光が水平に飛んでいく。それは巨人に近づくに連れ大きくなり、直後、横にぶわりと広がった。
大きな音が響き渡る。巨人とそれがぶつかるやいなや、その大きな音と共に、光が縦横に走った。見ていたジャッシュは、慌てて目をつぶった。再び彼が目を開いたときには、巨人がいた場所には、細やかな埃が散るばかりである。まだ残った光が、空中で分散しているところだった。破壊力を目では見なかったが、とりあえず、当たるところに当たると洒落にならない。
「ヴァ、ヴァルロスさん! だ、大丈夫ですか!」
驚いた様子のティアラが、バルコニーに飛び出てきたがジャッシュには、彼女に答える気力もない。
「おおっ!」
当の親分が、暢気な声をあげた。
「契約ってすげーな! 力の抜き方がわかんねえぜ!」
「何やってるんですか! 親分!」
親分がこれ以上破壊を繰り広げたら困る。気力を振り絞ってジャッシュは叫んだ。
「村を粉にする気ですかーっ!」
「大丈夫ー!」
親分の軽やかな声が飛んだ。
「今のは空に向けてどかーんとやっただけだからー!」
「だけだからーじゃないですよっ!」
今のが空でなかったら、と考えると本当に頭が痛い。
「今のは、卑怯ではないか?」
ジャッシュと会話していると、唐突にランスロットが割ってはいってきた。相変わらずの無表情だが、おそらく機嫌はよくない。さすがにヴァルロスの行動には、少しだけムッとしている気配がある。
「そうかなー。卑怯か? うー、まあ、許してくれや、今回は俺がやらないとダメなんだよ。マスターの手前とか。次回のエモノは全部あんたにあげるから。今回のは、オレにくれよ!」
ふむ、とランスロットは唸った。
「確かに。あれらの怪物は、私では時間がかかってしまいそうではある……」
「そうそう」
「もし、次のをくれるというならば、譲っても良いが……」
「おお! 次は二倍の数の敵をあげるぞ!」
捕らぬ狸の皮算用よりも酷い約束だが、とりあえずそれでようやくランスロットは納得したようだ。とりあえず、譲ってもらえることが確定したので、ヴァルロスはほっとした様子になった。
「よーし、じゃあ、とっとと決めるぜ!」
そういって、ヴァルロスは、たっと軽く飛び上がって崩れかけた建物の屋根の上に足をかけた。そこにたたずんで前を見る。ちょうど目の前に竜が迫っていた。流派すでに破壊をやめ、彼らの方を見やっていたようだ。
ティアラが心配そうに叫ぶ。
「ヴァルロスさん、大丈夫ですか?」
「心配いらないさ! マスター! まあ、そこでジャッシュと一緒にみてなー!」
明るすぎる声がいっそう不安を煽るのだが、自信満々のヴァルロスはそう明るく答え、軽く手を振った。そして、竜の方に向き直る。
赤い鱗が、炎に不気味な投影を見せた。
『ひさしぶりだな、ジェライアン』
ふと、ヴァルロスの頭の中に声が聞こえた。ジャッシュやティアラの驚きの声は聞こえない。ということは、これはヴァルロスにしかきこえていないのだろう。一応ヴァルロスも、この世界の者ではないというくくりになるため、彼らの言葉がわかるのだ。
「なるほど、あんた、結構上級の竜だよな? 向こうで会ったことを思い出したぜ」
『そうだ……』
知り合いだと認めながら、ヴァルロスはまだ剣を構えたままだ。警戒は、まだとく気配はない。
「言葉がわかるなら、あの子の契約に承知してやっても良かったし、力がないと認めたら素直に帰ればよかったじゃねえか? どうして、わざわざ暴れたりしたんだ? あの子にあんたを押さえる力がないのはしっていたんだろう?」
ヴァルロスは少し目を細めた。竜は、金色の目でそれを見やる。
『貴様は、わかっていないのか? ――あの娘には、何かの力が加えられている。明らかに、あの娘の魔力に何かが付加されて増幅されていることを?――アレは不吉な力だ』
竜の声はその姿とは対称的に静かだ。
「それで、それが利用されないように、村の方を壊すつもりだったのか? ……俺達には、石は壊せないからな。……まして、契約してないと」
ヴァルロスは、少し口調をきびしくした。
「それは、でもあまりにも乱暴じゃねえのか? ……あんたもは、もうちょい人間を信用したほうがいいんじゃねえのか? この里の連中は、そんなことはしないぜ」
『ジェライアン……。それは、貴様が元よりヒトであるから言えるのだ』
竜は瞳をやや見開いた。
「……さあ、そうかもしれないが、でも、俺はひかないぜ?」
ヴァルロスは、静かに言った。
「俺にとっても契約主の命令は、たいていの場合は絶対だ。主人がよほど間違ったことをしない限り……。だから、俺はあんたをどうしても帰さなきゃならねんだよ」
ヴァルロスは、剣を握り直した。ジャキッと鋭い音が響き、ヴァルロスから普段よりも強い殺気が漂った。
竜は、ふと目を閉じ、そして静かにまた開いた。その声もまた、とても静かなものである。
『貴様と戦ってもどうにもなるまい。私は契約をしていないが、貴様は契約をしている。この時点で、私の勝ち目のなさは絶対的だ』
「ほう」
竜はため息をついたようだった。
『今はひこう。だが、ジェライアン。覚えておくがいい。あの「石」が暴走すれば、影響は我々の世界にも及ぶ――。全てが味方をするとは限らないだろう――』
そう竜が言い終わると、彼は目を閉じ、天を仰いだ。ふうっと空気の質が変わるのがわかる。乱れつつある空間の中、赤い炎の竜の姿は薄らぐ。ヴァルロスは、剣を収め、それが消え去るのを静かに見ていた。
「石……」
ぽつりと呟いたヴァルロスの背後から、彼の呼ぶ者の声が聞こえた。
「石か……。また厄介なもんもちだしやがってさ」
向こうで手を振る契約主の首に掛かっている「モノ」が何であるか、ヴァルロスは薄々気づいてはいた。
「いやー、どうもありがとうございますー」
「ご一行様は神様です」
「道行きに幸おおからんことを!!」
嫌な予感はしていた。里の人たちの感謝の仕方が、あまりにアレだからだ。
「それじゃ、しっかりやるんだよ〜……」
終始、やる気の無かったミメリスは、やっぱり今も気だるいばかりだ。他人事のまま事件を解決させてしまった、名召喚士はやっぱり他人事のようにそういった。だが、健気なティアラは、そんなこと気にせずに返事をする。
「はいっ!」
「本当に感謝しておりますよ。ジャッシュさん。里を助けていただいただけでなく、ティアラが一人前になるまで預かってくださるなんて……!」
「何でそういう話になってるんだー!」
ジャッシュは思わず叫んだ。そういうことがいつ決まったのか、ジャッシュはまるで知らない。知らないのに、いつのまにやら、ティアラはジャッシュの船に居候することが決まっていた。どうやら、このままだと未熟だし、何呼び出すか分からないから、里にも迷惑がかかるということで、召喚の修行の旅に出るという話なのだが、迷惑を里にかけるほど危険な人物が、どうして自分の船にのるのかが謎だ。密輸屋さんは、迷惑をかけてもいい人種とかになっているのだろうか。
「いつの間に! 別にいいんだけど、オレは会話に加わってないぞ!」
「あー、それ、俺が承諾しちゃった」
不吉なことを言ったのは、親分だ。
「親分!」
「いいじゃねーか。だって、俺はマスターと近い方がやりやすいし! 一応修行にも貢献できそうだしー! ジャッシュの作る飯はメリッサよりもちょっとうまいこともあるしー」
「なんですかそれは! って、待って下さい! 親分もまさか――!」
ヴァルロスはにこっと笑った。
「そうそう、俺もしばらく、ジャッシュの船にいることにしたんだよ」
「何でまた! 修行なら帰ってもやれるでしょ!」
「だって、ホラ、メリッサ怒ってるだろうし。俺、殺されそうだし」
「そっ、ソレは……ま、まあ」
あれだけ機嫌が悪かったのは、きっとコレが原因だろうと思う。たしかに、今は連絡をとっただけでも恐ろしいことになりそうだ。先程のことを思うとなかなか踏み切る勇気が出ない。
「そういうわけでさっ!」
「……わかりました……」
明るく軽い親分に負け、ジャッシュはため息をつく。と、同時に、いきなり、ぽんと肩を叩かれ、しょげたまま彼は背後を見やった。そこにいるのは、妙に笑顔をうかべたビシュタルトだ。
「若い頃の苦労は買いだ。案ずるな……」
「苦労のもとのあんたがいうなっ!」
泣きたい気分のジャッシュを無視して、ティアラの感動的な旅立ちに村人達は、それぞれはなむけの言葉を贈る。
「それじゃ元気でなー!」
「頑張れよー!」
いやに明るい声は、邪推すると厄介払いなのだが、ティアラはただにっこりと笑って大きく頷くばかりだった。
「はいっ! 立派な召喚士になって戻ってくるわ!」
じゃあとばかり、やっぱり他人事のミメリスにも頭をさげて、ティアラはジャッシュに向き直る。そんな真摯な目で見られると、正直逃げ場のないジャッシュだった。
「よろしくお願いしますね、ジャッシュさんっ!」
「は、はい、どうも……」
やれやれとつぶやき、ジャッシュは気の抜けた笑みを浮かべるのだった。
「あ、そういえば」
船の停泊させてある場所に戻ろうと足を向けたとき、ふとジャッシュは訊いた。
「親分、あの時、竜と何か話していたんですか?」
「ああ?」
ヴァルロスはきょとんとした。
「いえ、なにを話していたのか聞こえなかったのですが、切り倒したようにも見えなかったし……」
ジャッシュは、瞬きをしながら、尋ねてみる。
「もしかして、説得とか?」
「うーむ、ま、そうかなあ。世間話とかも」
「そうですか」
ジャッシュはとりあえず頷いて置いた。ヴァルロスは何かしっているのだろうが、彼が自分から話さないのならば、それはそれで何か考えがあるのだろう。この親分が自分から話さない事自体が珍しいのだから。
「行かないのか?」
ふと、前を進んでいたランスロットが、随分向こうで気づいてこちらを振り返った。とりあえず、歩いていないことに気づいただけでも、褒めてあげたい気分になるのはなぜだろう。
ジャッシュは、つくづく、自分の旅は前途多難だと思った。
旅立とうとしたジャッシュ達が、森に行ったまま、まだ帰っていないメルカードの存在に気づいたのは、彼らが船にもどってからである。