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3.空の島の召喚士-7



 剣の反射する光が炎に煌めく。ジャッシュには、それがどうにも不吉な光にしか思えないのだが、客観的に見れば、ランスロットは善戦していた。炎をまとった、人間三人分ほどある巨大なネズミ風のいきものに飛び掛かり、ランスはその爪に剣を当てた。笑みを浮かべて、今まで見たこともないような楽しそうなランスロットは、その流れる銀髪に褐色の肌が炎にてらされて独特の美しさを放っていた。だが、けして、見とれる気分になれないのは、単純に恐怖の方が先に立つからである。あれは、あまり関わってはいけない生き物だとジャッシュの心がざわめいた。
 だが、そんなランスロットの強烈な攻撃も、ネズミにはたいして効いていないのかもしれない。まだネズミは元気に鋭い爪と牙を振るっている。
「相手はこの世の者ではない。物理攻撃で倒そうとおもうのならば、その魔力源をたつしかない。つまり、急所を狙って一気にカタをつけねばなるまい。あの娘もそれを狙っているのだな」
 ふとビシュタルトが呟いた。仲間を心配してくれているのか、とジャッシュは思ったのだが、ビシュタルトはいつもとかわらず、いつの間にか一人茶を飲みながらくつろいでいた。どこからともなくとりだしたテーブルと椅子が目の前に並んでいる。どこから取り出したのかきいても、本人は「科学」とこたえるばかりなので、ジャッシュは訊くのをやめた。どうせ、魔法に違いない。
「くつろいでいる場合じゃないだろ!」
 ジャッシュは呆れたように言うと、ビシュタルトはフッと笑った。
「まあまあ、そう焦ってもゲームというのはうごかんものだ。おお! 今のは惜しいッ!」
「……すっかり観戦している気がするのは、オレの気のせいじゃねえよな?」
「……あ、あの……ランスさんが……」
 呆然としているジャッシュは、割ってはいってきたかわいらしい声でティアラに気づく。心配そうなティアラに、慌ててジャッシュは苦笑した。
「だ、大丈夫だって! ランスはとりあえず、人間でないぐらい強いから」
 多分、そういう気がするだけなのだが。ジャッシュはさらに苦笑いする。
「でも、一体どうしましょう。……このままじゃ……」
「そうだな……。せめて、あの竜だけでもどうにか……」
 そうだ。せめて、あの唐辛子があればよかったのだ。暴れている化け物の中では、きっとあの竜が一番手強い。善戦しているランスロットでも、竜を相手に戦って無事でいられるかどうか。
「うーん、今から地上に買いに戻っても、時間がかかりすぎるしなあ」
 その間に、メルカードとランスロットがどんな行動に出るかと思うと不安だ。と、ふいにビシュタルトが割り込んできた。
「ならば、持ってきてもらえるようにお主のところの首領に頼めばよい」
「それができれば、苦労してねえよ」
 ビシュタルトの提案にジャッシュは眉をひそめた。
「通信機はそりゃつんであるけど、こんな遠くからじゃ通じねえ」
 と、ビシュタルトがいきなり目を輝かせた。不気味な輝きに、ジャッシュはびくりとする。なにか、またやったのだろうか、この爺さん。
「安心しろ」
 ビシュタルトは、にんまりと微笑んだ。
「あの船に積んである機器ならば、この前私が改良版を作って置いたぞ」
「えええ! ちょっと待て! いつの間に!」
「一旦分解して調べて、それから周波数もあわせておいてやった」
「おいてやったじゃねえ!」
 ジャッシュは、知らない内に自分の船があれこれいじられているらしいことをしって、恐怖に駆られた。この男、何をつけるかわかったものではないのだ。
「っていうか、爺さん、盗聴してねえだろうなあっ!」
 されても困る内容ではないが、気分的にはよくない。ビシュタルトは、ふと眉をわずかにひそめた。
「失礼な……。私は盗み聞きなどしない」
「そ、そうか……」
「ただ、傍受しただけだ」
「それを盗み聞きっていうんだよ!」
 安心した後でもう一度突き落とされ、ジャッシュは何となく気落ちした気分になった。本当にどうにかしてほしいものである。ジャッシュはため息を深々とついたあと、のっそりと身を翻した。
「む、どこへ行く」
「どこへって、通信機が船にあるから……」
 ひきとめたビシュタルトが、にんまりと微笑むのをみて、ジャッシュは怪訝そうな顔をした。
「なぜ、船に通信機があると思う? 固定概念にしばられてはならん」
「ん? ま、まさかっ!」
「うむ、実は持ち込んでいたのだ」
 コートの中から出してきた黒い鞄にジャッシュはあっけにとられた。小さなトランクといった鞄を見せびらかすビシュタルトは、得意げだ。
「ッたく……なんてことしてるんだよ!」
「案ずるな、ひきはがしてきたわけではない。あれを参考に作ったのだ」
「そういう問題じゃねえ! ああ、もう! 貸してくれよ!」
 ジャッシュは黒い鞄をビシュタルトからひったくる。床において鞄をあけると、中には随分小さな通信機がちゃっかりとおさまっていた。実にコンパクトなそれには、通話管と何かの調整機らしいものがくっついている。
「……これ、どうやって使うんだよ」
「そこのボタンを押せば、使えるだろう」
「マジか……。なんか、これ……オレの知っている通信機とは原理からして違うような……」
 とういよりも、これもあまりにも科学っぽくないんですけど……
 そういいかけて、ジャッシュは慌てて首を振った。
(いや、いかん、このジジイについて深く思索してはならない!)
 ジャッシュは迷いを振り切り、指定された不吉に赤いボタンを押してみた。
 ザザザ……と、雑音がひびき、ジャッシュはおそるおそる通話管に口をあてる。
「あ、あの〜……ジャン・ジャッシュです。本部、だ、だれかいませんか〜」
 これで誰もいなかったらあまりにも悲しい。ジャッシュは、どきどきしながら、返答を待った。
『ジャッシュですか?』
 聞き覚えのある声が響き、ジャッシュの心は躍った。この声は、間違いなく副長のメリッサ=バースだ。ヴァルロスにつないでもらった方が面倒はないが、事情をわかってくれそうなのはメリッサである。ジャッシュは安堵した。
「あ、ジャッシュです! メリ………」
『メリ……?』
 メリッサの声がひくりとゆがみ、ジャッシュは慌てた。メリッサは自分の名前にコンプレックスがあるのだ。本人の前で名前を呼べば悲劇が起こるといわれていることをうっかり忘れていた。
「あ、副長、お久しぶりです!」
 慌てて言い直す。メリッサの声が少し和らいだ。
『久しぶりですね、ジャッシュ。元気でやっていますか?』
「は、はいっ!」
 どうやらとりあえずの危機は脱したらしい。ホッとしてジャッシュは本題に入ることにした。
「あの、副長、実は今、アイリシアにいるんです! それで、至急いりようなものがありまして!」
『アイリシア? ……また遠いですね……。通信がよくとどきましたね……』
「あ、はい、あの〜色々事情がありまして……」
 苦笑してジャッシュがそういったとき、外で凄まじい音がした。ちらりと見ると、ランスロットが素早く敵の攻撃をかわした直後である。敵の攻撃をかわしたランスロットはいいが、かわされた敵がそのまま建物の焼け跡につっこんでいっていた。
「あああ、ランスが村を荒らす……」
『どうしました、ジャッシュ? 今、私も忙しいのですが』
 絶望的につぶやいていたジャッシュは、はっと我に返り、慌ててメリッサに言った。
「あっ! すみません! 手短に用件をいいます! ガルラッド唐辛子をですね! 箱一杯誰かにもってこさせてくださいっ!」
『は……?』
 メリッサの声が、再び歪む。
『な、何を……言っているのですか? ジャッシュ……』
 声のゆがみに怯えつつ、ジャッシュはもう一度頼み込む。ここで引くわけにはいかないのだ。このままでは戦うランスロットが、悪気なく村をさらにもう一段階壊滅させてしまう。
「き、気持ちはわかります! でも、からかっていないんです! 緊急事態なんです! お願いします、副長!」
『……ジャッシュ、人をからかうときは、もっとマシな嘘をつくものですよ』
「え、あっ、で、ですからっ!」
 メリッサ=バースの声が不気味さを含み始めた。これはまずい。ジャッシュは慌てていった。
「す、すみません! 親分とかわってください!」
 ジャッシュがそういったとき、何故か頭の中で閃光が走るイメージがした。ジャッシュが、自らが地雷をふんだことを気づく暇はない。そのまえに、メリッサの恐ろしい声が響き渡ったのだ。
『ヴァルロスはいねえんだよ!!』
 ガッシャアン! と、あちらの通信機が破壊されたような音が響き、通信は切れた。すくみあがり、ジャッシュはしばらくその姿勢のまま呆然としていた。
「メ、メリッサさんが切れた……」
「どうした?」
 横から紅茶を飲みながらきいていくるビシュタルトを、鬱陶しいと思う余裕もないほどに、ジャッシュのうけたショックは大きい。
 まさか、あの丁寧で気のつく副長が、あれぐらいで逆上するとは思えない。噂では訊いていたし、ヴァルロスとは、よく暴れ回っているようだったが、それでも、彼ら部下達には優しい副長だったのだ。それが、どうして………
 また、親分がなにかやったのだろうか。それを考えると、何となくまた気も重くなろうというものだ。
「ああ〜、もうメリッサさんにはたのめない! ど、どうしよう!!」
 頭を抱えて苦悩するジャッシュは、いきなり肩をやさしく叩かれる。顔をあげると、冷静というより、何も考えていなさそうなビシュタルトの目とあった。
「人生とはそういうものだが、お主は特別不運だな」
「なぐさめになってねえよ!」
 ジャッシュがそういいかえした時、また建物が揺れた。外をみると銀髪の影がざあっと流れていく。
「また、ランスか!」
 ジャッシュは青くなった。冗談じゃない。本当にこのままではランスが村を壊す。
「ジジイ、何か方法はないのか!」
 最後の手段、でもないが、ジャッシュはとうとうビシュタルトに尋ねる。何を考えているかわからなくても、これでも大魔法使いだ。きっと何か対処してくれるだろう。
「うーむ」
 ビシュタルトは顎に手をやり、ふとティアラの方を見た。
「娘、ひとつきくが……」
「え、あっ、はいっ!」
 不安げに外を見ていたティアラは、慌ててビシュタルトの方にかけよった。ひどい師匠は、というと、鼻歌を歌いつつ、のんびりと戦いを観戦中である。
「今も召喚術は使えるのかな?」
「はい、それは……」
 ティアラは、ふと顔を下げる。
「でも、何が出るのかはわかりませんし、これ以上どうにかなったらと思うと恐くて使えなくて……」
「なるほど……」
 ビシュタルトは深く頷いた。
「おい、ジジイ、なにか方法があるのか!」
「うむ、まあな」
 ビシュタルトはゆったりとうなずいた。
「召喚された者は、いってみれば別の世界から呼んだもの、つまり、異界の者なのだ。多くの場合、精霊界や精獣界とよばれる魔力の世界から来ている。だから、この世の人間の直接的な働きかけは、彼らにはあまり効果はない」
「な、なるほど……」
 珍しく魔法の専門家らしいことを言い出したビシュタルトに飲まれ、ジャッシュは静かに頷いた。
「だから、あれらを倒すには、同じ召喚物にやらせたほうがはやい」
「でも、あのお師匠さんは、非協力的だし……」
 ジャッシュが不安顔でいうと、ビシュタルトはティアラの方に目をやった。
「わかっている。だから、この娘にやらせようというのだ」
 ジャッシュに言われ、ビシュタルトはティアラを見た。いきなり話をふられたティアラは、おどろいて顔を上げる。
「え、……あ、あたしが?」
 ティアラは、突然の指名に慌てた。
「で、でも、あたしは、あの竜ぐらい強い者は、多分もう呼べません!」
 ビシュタルトは首を振る。
「いや、強力である必要はない。協力的であればいい。つまり、契約さえできればよいのだ」
「けいやく?」
 ビシュタルトは静かにうなずく。
「異界からの召喚物といのは、この世での基盤が緩いのだ。だから、不安定で、中には実体をもてないものもいるほど。彼らは、この世で活躍するために、召喚士と契約を結び、それをよりどころにしてこの世の基盤をつくる。だから、逆に言えば、契約を結べないものは、外部からの特別な魔力の刺激に弱い。あれぐらいの魔獣になると、魔法使いの使う魔術というよりは、特殊な魔力を帯びたものの力でないと決定的に追いだすことはできないかもしれないが、召喚されたもの同士なら話は別だ」
 ビシュタルトは、一度話を切った。
「つまるところ、召喚物のこの世界での強弱を決めるのは、本来の力と言うよりは、「契約」しているか、いないかによるのだな。つまり、契約した召喚獣を直接ぶつけたほうがもっとも手っ取り早いということだ」
「じゃ、じゃあ、あたしが、呼び出したものと今からでも契約できれば……」
 ビシュタルトは、ティアラにむけてうなずいた。
「そうだ。あの竜などを返すには、そうするほうがもっとも安全といえるだろう」





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背景:空色地図 -Sorairo no Chizu-


©akihiko wataragi&reina miturugi