3.空の島の召喚士-6
破壊され尽くした村に残った、一つだけ不自然に無事な建物の中は、妙に気だるい空気に満ちていた。なかは、それなりに赤い絨毯などがひかれて、豪華なはずなのだが、それよりも気だるさが優先していた。おそらく、それは目の前にいる女のせいでもあるのだろう。
「あー、つれてきたの?」
気だるい雰囲気を纏った女は、気だるい口調で答えた。
「はい」
ばさばさした金髪の女は、一応美女であるのだろうが、何となくアンニュイな空気が背後に漂う人だった。
(なんだ……、この人……。なあんか、嫌な予感が……)
ジャッシュは迫り来る予感をはねのけるように首を振った。いや、きっとここのところ、何となくまともな女性と会っていないので、常に警戒してしまうのだろう。ランスロットといい、ティアラといい、やはりどこか変なのだ。だが、男がまともかというとそうでもなく、やはり男は男で怪しい奴しかいないのであるが。
つかつかと、足音をたてて、女がこちらに歩いてきた。その目はまっすぐにジャッシュを向いているのだが、あまり感情が読めない。
「あ、あの……」
女はドンドン近づいてきて、ジャッシュの目の前に立ちはだかるように立った。そこそこ背の高いジャッシュよりも背は低いものの、女性としてはそこそこ高い方なので妙に迫力がある。ジャッシュが怪訝そうに眉をひそめたとき、爪の長い女の指がビッと伸びてきた。そのままびしりとジャッシュを指さす。
「あんた……」
「え? な、何ですか?」
「あんたは、セーフ」
思わず答えたジャッシュに、こともなげにそういうと、女はつかつかとそのままジャッシュとすれ違い、歩み去っていく。
「ギリギリライン。もうちょっとでかかったらアウト」
「はい?」
いきなり、セーフとかアウトとか言われてもわからない。だが、気にしない女は目を下げ、いきなりメルカードの方を見てうなずく。
「なんだよ!」
やや反抗気味のメルカードだが、気だるい女は気にせずに行った。
「あたし、ケモケモしたいきものは、毛皮しか見ないから、まあいいか」
「ケモケモだー! なんだ、そのいい方!」
メルカードは、当然ガランタの誇りにかけて、怒り出したが、女がそんなことをきくはずもない。完全に無視して今度はビシュタルトの方に向かった。途中にランスロットが腕組みしたまま立っているが、そちらには見向きもしない。というより、ランスロットは目を閉じているので、もしかして、たったまま寝ているのかもしれないが、ジャッシュは、ひとまずランスロットのことは頭から消した。
さすがにビシュタルトは、この妙に恐い女に見つめられても、彼はどこまでも彼で、相変わらず涼しげな顔をしている。顔をしかめたのは、女の方だ。
「……アンタは、アウト!」
(えっ、ジジイはアウトなのか!)
意味がわからず驚くジャッシュだが、彼はさらに驚くべき事を訊くのである。
「でかいから、邪魔。視界が狭まる」
(ええっ! そういう問題!)
確かに、ビシュタルトは、一行の中で一番背が高いのだ。恐らく彼女はそれが許せないのであろう。だが、ちょっと視界が狭まるぐらいで、邪魔呼ばわりもないだろう。いくら、相手がビシュタルトだといっても、ジャッシュも少し彼が可哀想になる。
「ミメリス先生! 失礼よ!」
今まで成り行きをだまって見守っていたティアラが、割っては行って来た。
「ミメリス先生?」
メルカードが反芻すると、ティアラはこくりとうなずいた。
「そう、この人があたしの先生のミメリス=ハルドーラ先生よ」
ジャッシュは、彼らを案内してきたカラットという若者が、目を伏せて建物のそばに立っている理由がわかるような気がした。とんでもない師匠もあったものだ。ティアラのいうことが本当だとすると、おそらくこの気だるい女が、実質上、この召喚の里の最高権威を持っているのだろう。
「ティアラ、あたしは事実をいったのみなのよ。視界の邪魔だし」
「でも、初対面で失礼です。先生」
ぬけぬけとそんなことを言うミメリスに、ティアラは慌ててそういう。今まで無反応だったビシュタルトが、ふと思い出したように、ふむ、と唸って、片目がねのずれを直した。
「邪魔だとは失敬な……」
ぼそりと言うので、ジャッシュは小声でささやいた。
「ま、まあ、そうだけど、爺さんここは押さえて……」
「私は以前会ったときから、身長体重共に変わっておらんのに」
てっきり普通に文句をいうのだと思ったら、ビシュタルトはそんなことを言い出した。
「あんたは、もとから身長一八〇センチ越えでしょ? その辺がとてもアウト」
「あ、あれ?」
驚いてジャッシュは、ビシュタルトを見上げた。
「爺さん……もしかして、知り合い?」
きょとんとしてきく彼に、ビシュタルトはゆったりと首を振った。
「知り合いではない。かつて、会ったことがあるというだけだ」
「あの〜……そういうのを世間では知り合いというのですがね」
呆れつつそういうが、ビシュタルトはもはやきいてはいなかった。
「昔、魔術師の研究会で会ったことがあるのだ。何故科学者の私がそこに参加していたかというと、魔術が科学に劣るということの証明のためだな」
「そ、そこまで、ごまかさなくても……」
そもそも魔法研究家のビシュタルトなので、別にそういう場所に赴いても何ら不思議はない。それについて隠したがっているのは、科学至上主義者の本人だけだ。
ふうとビシュタルトはため息をつきつつ、やれやれと肩をすくめる。
「相変わらず変わった女だ」
「……向こうもあんただけには言われたくないと思うけどな」
ジャッシュは、とりあえずそういってため息をついた。何にせよ、このジジイの知り合いである以上、ろくな人間であるはずがない。
「そ、それよりも、ミメリス先生、なにやら召喚獣が増えていた気がしましたが」
ティアラは、ようやくミメリスに本題らしきものをききはじめた。ああ、と、ミメリスは、すげなく答える。
「ああ、あれは、竜に対抗しようと思って、その辺にいる村人が勝手に呼び出したら、暴走して帰らなくなっちゃったんだよ」
思わずカラットが、後ろを向いたのをジャッシュは目撃した。なんだか、気の毒すぎて責める気にもなれない。
「竜が帰れば一緒にかえっていくんじゃない?」
「あ、あの、でも、あれぐらいの魔獣なら……先生の力で……」
あたし、とミメリスは自分を指さした。
「そんな面倒なことしないよ。それに、あの様子も、まあ、おもしろいから見てたけどね」
「お、鬼だな、あんた!」
さらりととんでもないことを言うミメリスにそういって、ジャッシュは可哀想なティアラの代わりに割ってはいる。
「でも、一体……」
どうして、唐辛子が……といいかけたところで、ジャッシュは危うくこけそうになった。うわっと声をあげたのは、ジャッシュだけではない。それも当たり前のことで、ジャッシュがこけたのではなく、家自体が大きく揺らいだせいだからだ。少し体勢を変えただけのビシュタルトに、平気そうなミメリスはさすがに冷静だが、ジャッシュもティアラもメルカードも、一様に床に投げ出される。おそらく、今まで眠っていた、のかもしれない、ランスロットだけは、ようやく目が覚めたのか、少し後ずさりして臨戦態勢に入りながらもバランスを取っている。今、足下にでも倒れ込んだら、握った右手の剣が閃いて、仲間だろうが容赦なく斬りそうな感じがして、ジャッシュは精一杯そちらに倒れないように気をつける。
「い、今のは……」
「ああ、竜が家でもゆさぶっているんだろうね。でも、ここはあたしの家だから、それ以上どうこうできないよ」
とはいえ、今のをずっと食らうといつかは倒れるかもしれない。ティアラは、焦った口調で言った。
「あの、あの竜の好物という唐辛子を食べさせてその内に、帰そうっていう話だったんです。……でも……」
「な、なるほど……。このままじゃ確かに危ない」
ああ、とミメリスは、どうやら、弟子に頼んだ言付けをようやく思い出したらしく、のんびりと効いた。
「そう、で、ティアラ唐辛子あった? そいや、何か野菜運んできたね」
「そっ、それが……」
ティアラはしゅんと頭を下げた。
「ガルラッド唐辛子は持ってきてなかったんだ。……あ、あの、でも」
ジャッシュは思わず、ティアラが可哀想になって口を挟む。
「他の代用品とかできかないのかい。鷹の爪とかそういうのはあるんだが」
うーん、とミメリスは、形だけ唸ってみせる。そして、あっさりと言った。
「うーん、やっぱり無理かな。あれはあれだからこそ効くわけで」
「だ、代用品とかねえのかよっ!」
これは一大事だと思ったのか、今までぼーっとしていたくせに、いきなり何かに気づいたようにメルカードが声をかけてきた。恐らく、今まで話についていけていなかったのだが、いきなり全てを理解したらしい。まったく、獣の行動はよくわからない。
「代用品ねぇ……ああ!」
「あるのか!」
顎に手をあてて考えていたミメリスが声をあげ、メルカードはそれに食いつく。ミメリスは、相変わらずやる気なさげに言った。
「あーあ、もしかしたら、北の森に代用品が生えてた気がする。唐辛子の一種だったけどね」
「北の森か! 近いのか!」
「はい、すぐそこです!」
メルカードに訊かれてティアラは答える。いきなり握り拳を作ったケモノの様子が尋常でないので、ジャッシュは慌ててメルカードの前に立ちふさがった。
「ど、どぉこへ行く気だ!」
「北の森!」
即答されても困るが、やはりそうか。ジャッシュは慌てて首を振った。
「だ、駄目だぞ。もうちょっと、こう対策とか練ってからの方が良くないか? っていうか、普通そうするだろ!」
「なあにまどろっこしい事言ってるんだ! こうしていても埒があかねえ。だったら、行動あるのみ!」
(お前、さっきまで、話の内容理解できてなかったんだろ!)
力説するメルに、ジャッシュは首を振るばかりである。その一瞬の隙をついて、メルカードは、だっと走り出した。
「行動あるのみィ〜! 行って来るぜッ!」
「あ、アホッ! ケモノ! 戻れ、こら〜〜!」
慌てて追いかけようとするジャッシュだが、メルカードは既に階段に飛び込み、階下に姿を消していた。ジャッシュは、慌てて階段に取りつこうとしたが、階段への一歩を先に誰かの影が踏んでいた。
あふれくる殺気に、ジャッシュは足を止め、怯えつつ顔を上げる。
「ラ、ランス」
「そう、埒があかない」
ランスロットは、すでに剣を抜きつつ、すたすたと歩いてきた。
「さっきの衝撃、相手にとって不足はない。このまま、待って埒があかないのなら、私が戦う」
「たたか……」
ジャッシュはさあっと青ざめた。ランスロットがどれほどの力を持っているかはわからない。おそらく、超人間的に強いのだろうなあとも思うのだが、それでも相手は竜だ。
「だ、駄目だって! ランスロット! ……相手は人間じゃないんだぞ」
「強ければ、強いほど、私の闘争心が燃えたぎる」
(たぎっちゃ困る! ていうか、あんたさっきまで寝てなかったか?)
或いは寝起きな分、ご機嫌斜め、いや、絶好調にご機嫌なのかもしれない。だが、まだジャッシュは粘る。メルカードは走っていってしまうし、ここでもしランスロットが目の前で竜に特攻をかけることになったら、それはそれで困るのだ。問題児だったが、勝ち目のない戦いにやるわけにはいかない。
「とにかく、無理だから、なあ、ここでしばらく対策を……」
「対策は、私の頭にある。行くぞ!」
だん、と足音を立て、ランスロットは階段の一段目を踏んだ。慌てて止めようとはするものの、すでに抜刀しているのでランスロットの放つ殺気は、凄まじいモノだ。下手に止めると斬られそうなので、ジャッシュも積極的に止められない。
ジャッシュがあわあわとしている内に、ランスロットは階下に姿を消していった。
「おー、ケモケモした奴が走ってるねえ。ファイト!」
バルコニーから気だるい声が聞こえ、続いてビシュタルトの声が聞こえた。
「……うむ。……頑張っているな」
どうやら、バルコニーからメルカードが北の森に走っていくのが見えているらしい。ジャッシュは無力感に襲われつつ、ふらふらとそちらに歩いてきた。確かに、燃える炎の中、全速力のケモノの姿がここからでもわずかに見えていた。
「あの、先生?」
ティアラがふいに恐る恐る訊いた。
「だ、代用品がそんな近くにあるんですか? だったら、最初からいってくれれば」
「あ〜……」
ミメリスは、なにやらうんうんとうなずき始めた。
「まあ、あるかも、しれないっていうのは、ないかも、しれないってことだし」
「ねえのかよ! っっていうか、ねえんだろ!」
いけしゃあしゃあというミメリスに、鬼だ、と心で叫び、ジャッシュはため息を盛大についた。たばかられたメルも可哀想だが、巻き込まれている自分も可哀想だ。
「おーい、メルッ! 戻ってこーい!」
叫ぶが、すでにメルカードは米粒のようになっている。あ〜あ、……とミメリスの非情なため息が、ジャッシュの耳にも聞こえてきた。