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3.空の島の召喚士-5


 しくしく……と泣く声が後ろから聞こえ、ジャッシュはうつむき加減に前の方を歩いていた。アイリシアの森は、意外に深いが、一応それなりに道らしきものは出来ているので、それほど歩きづらくはない。
「そっ、そんな……泣かないでくれよ……」
 ものすごく悪いことをしたような気分になる。ため息をついて、ジャッシュは、後ろを見やる。赤毛の少女は、まだめそめそ泣いていた。
「そ、そんなに必要なものだったのかい?」
「おい! ちんぴら!!」
 必死で慰めている所に割って入られ、気のいいジャッシュもさすがにムッとする。荷車をガラガラ引いているメルカードが後ろから声を掛けてきたのだ。
「よく考えるとなんでオレだけ車引いてるんだっ!」
「お前、さっき、引いてくれるっていっただろ?」
「でも、よく考えると理不尽だっ! オレだけなんて不公平だ!」
(そんなのよく考えなくてもわかるだろうがっ!)
 いまさら不平をいうケモノに、不満を覚えつつ、ジャッシュはメルカードの方を見やる。野菜の箱をいくつか積んだ荷車を引くメルカードはなかなか似合っているのだが、それを言うと更に怒るのだろう。
「だって、ガルラッド唐辛子は無理だけどさ、鷹の爪とシシトウぽいのはあるから、同じ種類だし、役に立つかも知れないって思って……」
「じゃあ、なんでオレが!」
「だって、森の中でそんなのすいすい引ける乗って、お前だけだろ?」
「うー、まぁ、いわれるとそうだけど……」
 メルカードは少し考えて、ぴんとヒゲをとがらせつつ聞いた。
「あのさっ、ソレってオレにしかできねえってことで、イコールでカッコイイってことか?」
「はっ? おっ、おお、かっこいいんじゃねえの?」
 いきなり、このケモノは何を言い出すんだと思ったが、ジャッシュは、反射的にそう持ち上げた。メルカードは、いきなり目を輝かせた。
「そうか! つまり、オレは、今このメンバーの中で一番役に立ってて輝いてるってことだな! んじゃいいかっ!」
(……ば、馬鹿がいる……! ほんまもんの馬鹿がいる!)
 すっかりのせられたメルカードは、嬉々として荷車を引き始める。ジャッシュは、そんな彼が何となく不憫になってきた。今は運んでもらった方がいいので、黙っていることにしたが、なんだか哀れだ。
 ジャッシュは、ため息混じりに仕切り直して、少女の方を見た。
「あの、君……名前は?」
「あ、はい、泣いてしまってすみません。あたしは、ティアラといいます」
 少女はようやく涙をぬぐって顔を上げた。
「ティアラちゃんね。オレは、ジャン=ジャッシュ。こっちのケモノが、メルカード。あっちのネエさんがランスロットで、……こっちは……」
 きょとんと、ジャッシュは今まで比較的静かにして、森の中を見回すながら歩いている不審な長身の紳士を見た。
「ジジイ……アンタ、名前なんだっけ?」
「天才科学者のビシュタルトだが……」
 名前を忘れられたことに腹を立てたのか、それとも博士と呼ばれなかったのでムッとしたのか、さすがのビシュタルトも少し不機嫌に答える。だが、ジャッシュはいつものことなので、取り合わない。
「ということだ。……ええっと、それでだけど、なんで唐辛子が必要だったんだ?」
「え、ええっと……そ、それは……」
 ティアラは思わず口ごもった。召喚は、里の秘儀である。みだりにそのことを外の人間に教えてはならない。相手が知っているならいざ知らず、自分から口に出してはいけないのだ。
 と、不意にビシュタルトが片眼鏡を直しながら、横まで歩いてきた。
「ガルラッド唐辛子に弱いと言うことは、竜でも出たかな? ……アイリシアは召喚術発祥の地……おそらくその関係だろう?」
「えっ! どうしてわかったんですかっ!」
 ティアラは驚いた様子で目の前のアヤシイ男を見る。ビシュタルトは優雅に微笑みながら言った。
「それは、私が偉大なる天才科学者だから」
「すごいですね! 科学ではそんなこともわかるんですか!」
「こらっ! そこ、間違った知識を教えるなっ! 正しい科学が誤解されるだろうが!」
 突っ込んでくるジャッシュを、華麗に無視しながらビシュタルトは続けた。
「娘、お主、アイリシアの召喚士の隠れ里の関係者だろう?」
「はいっ、実は、そうなんです。あたしが未熟なばっかりに召喚物が暴れ出して村を壊してしまって……!」
 禁じられているのは、自分から口に出すことである。相手が事情を知っている様子なので、ティアラは抵抗なくそう話した。
「なるほどな、召喚術は相手を支配下におくか、対等の扱いで契約するか、どちらにしても説得がいるからな。それに失敗すれば暴れ出すことも少なくない」
「爺さんよくしってんなあー」
 ガラガラ荷車をひきつつメルカードがポツリと言った。
(みんな忘れてないか……)
 ジャッシュは、一人あきれかえりながら心の中で呟いた。
(こいつ、科学者じゃなくて、本当は魔導師の大家だぞ。知ってて当たり前じゃねえかよ!)
 ティアラはすでに目を輝かせていた。どうやら、ビシュタルトが頼れるかも知れないと期待し始めているようだ。
「ビシュタルトさんは、竜を返す方法を知っているんですか?」
「まあ、鷹の爪程度じゃ効果はあまりないが、それプラスで我々がちょっと無理をすればどうにかなるだろう」
 こともなげにそんなことを言うビシュタルトの言葉に、ジャッシュは凍り付いた。
(ジ、ジジイ! 今、やばいことをいったなっ! 無理って何だ、無理って!)
「そうか……。竜が敵か! 相手にとって不足はない!」
 ぼそりと近くで声が聞こえ、ジャッシュは、肩をすくめた。静かに後ろからついてきていたランスロットの目が、きらりと光っていたのだ。
(やっ、やばい。ランスロが、やる気になっている!)
 静かににやりと微笑んだランスロットを不気味そうにみやり、ジャッシュはティアラの方を見る。絶望から一転して希望を抱いたティアラは、ビシュタルトをさらに輝く目で見上げていた。
「ビシュタルトさん、じゃあ、何とかなるんですね!」
「うむ。……だが、私のことはビシュタルトでなく、博士と呼んでもらいたい」
「はい、博士!」
 ハッとビシュタルトは表情を変えた。いつも、そう言ってはみるものの今だ持って「博士」と呼んでもらえたことがなかった彼にとっては、それは初めての成功である。ポンとティアラの肩に手を置いて、ビシュタルトは力強く言った。
「万事私とこの面々のリーダーであるあの冴えないツラの若者に任せるがよい!」
「ちょ、ちょっと待て! なんで、そこでオレなんだよ! オレ、何の決定権もないのに、いつの間にリーダーになってたんだ!」
 大体今もビシュタルトが、独断で決めていたんじゃなかったか! 
(何さりげなく人を巻き込んでるんだよお!)
 ところが、ティアラの方は顔を輝かせて、ジャッシュを見た。
「皆さん、助けてくださるんですね! 本当にありがとうございます!」
「あ、ああいやああ……その……」
 さすがに竜と戦うなんて洒落にならない。そんな化け物見たことすらないジャッシュには、どうやっつければよいかどころか、どう立ち向かえばいいかすらもわからない。
「おう! なんか、正義の味方って感じがするな! よし、引き受けようぜ!」
 メルカードが無駄に燃え上がりながらそんなことを言った。横ですっかりやる気のランスロットは、すでに剣に手を添えている。
「私は、この話にのった!」
「ということだ。安心するがいい。それでも、どうにかできなかったら、この若者がいい作戦を考えてくれるだろう」
 ビシュタルトが勝手にまとめてそんな無責任なことをいった。
「はいっ! みなさん、ありがとうございます! ありがとうございます、ジャッシュさん!」
「あ、そうだな……。み、みんなでがんばりましょうね……」
 ジャッシュは、ぎこちない笑いを浮かべながらそう言った。
(ジジイ〜! さりげなく人に責任押しつけたなあっ!)
 悪気のなさそうなビシュタルトが、この場合ものすごく憎たらしい。どういう神経をしているのだろうか、この男。
(ああ、親分……。オレ、本格的にまずくなってきた気がする)
 心の中で泣きそうになりながら、ジャッシュはあの陽気な親分に語りかける。だが、こういうとき、あの親分は「やったじゃん! ジャッシュ! お前も責任を押しつけられるとは一人前だ!」とか言い出しかねない。考えるだけ空しくなるだけなので、ジャッシュは、親分の顔を思考の外へ押しやった。
「本当にありがとうございます! 博士!」
 にこにこしながら後ろの方でティアラが、ビシュタルトを見上げていった。博士と呼ばれることの幸せを噛みしめながら、ビシュタルトはティアラを見る。と、ふと、彼はティアラの首に掛かっているペンダントをちらりと見て、少しだけ顔色を変えた。それを少し凝視してみる。その先についている深い青の宝石が、ティアラが歩くたびに揺れている。
「どうかしましたか?」
「いや……」
 ビシュタルトは、そう言って、顎を撫でた。
「ふむ」
 

 コクピットからそのまま外に出てきたジャッシュは、じつはまだ気づいていない。操縦席にかけていたリー=ヴァルロスの写真が、額ごと落ちて粉々になっていることも、そして、彼自身が今どうなっているかも。



森を抜けてどうにか村に着いたものの、村はとんでもないことになっていた。
「うわ〜……」
 ジャッシュは、無感動な声でぼそりとつぶやいた。いや、もう、そうするしかなかったわけで、ジャッシュが冷たいからではない。それだけ、村は大変なことになっていたということである。
 燃え尽きた建物もあるようだったが、それでも火の気は減らず、顔が熱いぐらいだった。赤い光と熱気から顔をかばいつつ、ジャッシュはぽつりと呟く。
「じ、地獄絵図ってそういえば、こんな色合いだった気がする……」
 村の建物はほとんど壊されていたが、なぜか中心に立つ大きな家は壊れていない。それが、ミメリス=ハルドーラ邸だということは、ジャッシュ達は知らないのだが、そこになにかがあるらしいことはわかる。
 ティアラがいった通り、そこにはいわゆるドラゴンというタイプの怪物が、暴れ回っているのだが、その建物だけは避けて通っているのだから。
 しかし、その化け物を見ながら、ジャッシュは思わず呟いた。
「数、……違うよな……」
「えっ、ええ……な、なんだか増えているような……」
 ティアラは目の前で暴れる巨大なこの世のものならぬ姿のものたちを見ながら呟いた。竜だけだったはずなのに、なぜかそこには炎をまとった岩の肌をもつ巨人が、大地を踏み荒らし、巨大化したネズミのような生き物が、畑の農作物をかじっているのだった。
「あ、あたしが呼び出したのは、ドラゴンだけだった気がするんだけど……」
「おおーっ! ティアラかっ! 無事か!」
 だだーっと駆け寄ってきた男が、ティアラに声をかけた。
「カラットさん!」
 そこにきた青年は、ティアラの困惑の眼差しを受け、明らかに困った。
「こ、これはどういう……」
「いやっ、こっ、これは、そのう……」
 言いにくそうなカラットは、ひとまず辺りを見回しハッとした。ティアラの後ろに控えているたいへん不審な連中を見やる。
 ちんぴら風青年、勢いだけで生きていそうなケモノ、いかにも尋常でない冷たさを湛えた女戦士、見ただけで何か不審な怪しい紳士。ジャッシュは、その視線を受けて、自分たちの風体を考え直してため息をついた。それは、怪しまれても仕方がない。
 と、ティアラが気を利かせて先に口を開いた。
「こ、この人達は、この村を助けてくれる勇者様のような存在で、退治屋さんのようなものなの!」
(勇者で退治屋あぁ! しっ、しかも、ようなって……)
 思わずジャッシュは声をあげそうになった。
(き、気を遣ってくれたのかも知れないけど、何というか中途半端な上に、余計に不審さを増したような気が……)
 まだ、ヴァルロス一家の関係者です。と告白した方がマシな気がする。
 ティアラはきっと読んだ本あたりから、こういう場合、助けてくれそうな職業と、怪しまれないだろう職業(らしき)単語を選んでくれたに違いないが、逆効果だと思う。
 カラットという男の目が、不審そうなものを見る目から、あきらかに不審者を見る目に変わっていた。
「……ミ、ミメリス先生が、ここにいる全員を連れてくるようには言っていたんだが……」
 カラットは、そういって迷うように視線を彷徨わせた。
(あのいい加減な先生の言うことだからな、……どうしよう、この連中をつれていくのはまずい気がする)
  そうは思っても、言うことをきかないでとんでもないことになったら、と考えると恐い。カラットは、仕方なく、この怪しい連中を連れて行くことを決意するのだった。





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背景:空色地図 -Sorairo no Chizu-


©akihiko wataragi&reina miturugi