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3.空の島の召喚士-2


「くっ!」
 引き金を引くとわずかな反動と共に閃光がほどばしる。走ってくるヴァルロスは、それを積極的によけようとせず、直前にわずかに剣を立てた。金属がきしむ音と共に赤い閃光は弾かれる。
「大人しく帰れ! じゃねえと怪我するぜ!」
 ヴァルロスの声が高らかに響く。「狩人」はわずかに後退し、体勢を整えていた部下達にもう一度一斉射撃を命じる。
 ヴァルロスは、「狩人」を標的から素早く外し、一番最初に引き金を引こうとしていた兵士に視線を向けた。ぎりっと睨まれて、彼はびくりとし、一瞬引き金を引くのが遅れる。と、その直後閃光が彼の元に走った。が、ヴァルロスは避けない。避けずに、右手の剣を縦に振るっただけだ。
 だが、ただそれだけだというのに、ヴァルロスの薙いだ場所に当たった閃光は激しく歪んで跳ね返され、向こう側で分散して土を削る。
「遅い遅い。」
 ヴァルロスは楽しげにいって、怖じ気づく相手に迫っていった。
「あの兄ちゃん以外は遅かったんだよ!」
 ざっと飛ぶように走る彼に、戦士達はもう一度撃つことができない。速くてとらえきれないのだ。
 ただ、さすがに「狩人」は違う。その速さでも、彼にはヴァルロスの動きが見えていた。だが、ただの弾では何度撃っても駄目だ。一番最初、ヴァルロスはあれを十何発一度にくらったはずなのに、何故か大丈夫だった。もしかしたら、魔力を帯びた道具でも持っているのかもしれない。
(まさか、「石」か?)
 それはあり得ない心配だ。だが、一瞬、「狩人」はそんな疑念を抱く。自然と手が強力な魔石弾を握っていた。そして、彼はそれを素早く詰め替える。
 魔石弾といわれる弾は、普通の弾とは違う。水晶を粉にしてそれを爆薬のかわりに詰めたもので、言い換えれば魔力の塊だ。それを誘爆させることができれば、先程とは比べものにならない破壊力を得ることができるのだ。
(これで終わりだ!)
 幸い、ヴァルロスは部下達を相手にしている。彼らが蹴り倒されていくのを睨み、「狩人」は装填を終え、撃鉄を起こそうとした。
 が、それは一瞬だった。何かの気配を感じて、「狩人」は行動をやめ、飛びずさる。白銀の光が数本空から降り、地面に突き刺さった。投げナイフなのは見てすぐにわかった。
 同時に銀色の影が踊り、髪の長いすらりとした青年が姿を現した。
「ヴァルロス、てめえ! 何やってんだ!」
 彼は、不機嫌そうにそう言い放つ。
「呼び出されたから出ていくっていっていたらしいが、よく見れば相手は王国の奴等じゃねえか!」
「おお、メリッサ〜! 遅かったなあ!」
「その名前で呼ぶな!」
 銀髪の青年は、思わず持っていた短剣を投げた。風を切ってヴァルロスに向かった切っ先だが、慣れているのかヴァルロスはひょいと顔を横に向けてかわす。彼の後ろの方にいた兵士が、悲鳴をあげて逃げまどっていたが、命中したのかどうかはわからない。
 ヴァルロスは困ったように言った。
「なんだあ、機嫌悪いな。」
「…てめぇとはいつもこんなんだろうがよ。」
 メリッサはそういうと、ため息をついた。女性名が圧倒的に多い、このメリッサという名前に、彼はコンプレックスに近いものを感じているのである。
 メリッサ=バース。すらりとした細身のこの青年は、ヴァルロスの右腕的存在であり、彼の知恵袋といってもいい存在だった。副長と慕われる彼は、暴走の多いヴァルロスとは違って冷静沈着だ。
 結構な美青年の彼だが、他の者にはともかくヴァルロスに対しては手厳しく、言葉遣いもかなり悪くなってしまう。それは、とにかく、このヴァルロスが無茶をするからでもあるのだが――。
 氷を思わせる涼しげな目を厳しくヴァルロスにやりながら、メリッサはため息をつく。
「王国の特殊部隊とやり合うなんて重大なことなら、誰かに相談して決めろよ。」
「だって、オレだけで追い返せると思ったし、歩いていたら子マリアン拾ったし。」
「って、てめえ、また子猫を拾ってきたのか!」
メリッサは、無邪気そうなヴァルロスをみつつ、ため息をついた。もう長いつきあいになるが、この男は昔から全然進歩というものがない。
「今の内に逃がしてやれよ。どうせ、二日も経てば、キラワレるんだから。好かれてるうちにだな――」
「何だよ、子マリアンは、オレに懐いているんだぞ。メリッサがそんなこと……あっ、子マリアンッ!」
 いきなりヴァルロスの懐から滑り降りた子猫は、たたーっとメリッサの所に一直線に駆けていく。ヴァルロスは、心底悲しそうな顔になる。
「あぁ、子マリアン…。オレよりメリッサなのか?」
「…やっぱり、お前、嫌われてるんだよ。」
 子猫を抱き上げ、メリッサは冷めた口調でそういった。子猫はようやく安住の地を得たかのように落ち着いているように(ヴァルロスには)見えた。
「メリッサ〜〜! きっと手に餌もって子マリアンを誘惑したんだろ! そうでなければ、オレが嫌われるはずない!」
 往生際が悪い。メリッサは、ふっとため息をつく。
「そんな訳ねぇだろ! …ったく、って!!」
「絶対賄賂だ!」
 メリッサが一瞬顔を引きつらせたが、ヴァルロスは構わず、まだそんなことをいっている。メリッサは、さすがに顔色を変えて叫んだ。
「馬鹿! そんな事言ってる場合か! 危ねえぞ、ヴァルロス!」
「は?」
 顔を上げて背後を見せて叫んだメリッサに、ヴァルロスは思い切り間抜けな顔で答えたが、直後背後から襲ってきた光の渦に飲まれて前のめりになる。
「どわっ!」
「ヴァルロス!」
 そこからさっと後退して、光の渦を避けながら、メリッサは叫んだが、ヴァルロスの方は、受け身をどうにかとりながら、前に転がり込んだ。光の渦はやがてやみ、どうにか直撃をさけた形になったヴァルロスは、そのまま起きあがった。
「いっててて……」
 ヴァルロスはわずかに焦げた髪の毛をいじりながら、振り返る。
「今のは魔法だな? 魔弾だけじゃねえや。さすがに一緒に来られたら、いくらオレでもきついっつーの。」
 ヴァルロスは、いささか真剣な顔つきになった。
「相当な手練れみてえだが……」
 目をやると、そこに立っているのは、相変わらず銃を構えた狩人。すっと彼は直角的に目を上の方にあげる。空中にふわりと飛んでいる背の低い子供がそこに見えた。フードを被っていて、男か女かはわからない。ただ、間違いなく子供、ではありそうだった。
「あれでまだ平気なんて……狩人(ハンター)、君が苦戦しただけはあるんだね……」
「ああ、だが、お前が協力してくれたらどうにかなりそうだな、魔導師(マジシャン)。」
 狩人は、どこか安堵したように呟いて、再びヴァルロスに向かった。すでにこちらを向いているヴァルロスだが、若干服が熱にさらされて軽く焦げ付いただけで、ほとんどダメージはないようにみえた。
「メリッサ、先に帰っててくれよ!」
「何? どういう意味だ、ヴァルロス。」
「雑魚は大体逃げちまったみたいだし……」
 怪訝そうに眉をひそめたメリッサに、ヴァルロスはむこうを指し示した。確かに彼がいうとおり、向こうに立っているのは、狩人と魔導師だけで、他の戦士達は震え上がって逃げていってしまっていた。
「このまま戦うと、お前……はまあ何か大丈夫な気もするけど、子マリアンを巻き添えにしちゃいそうだからな。だから先帰ってくれよ!」
「おい、しかし…それは……」
 ヴァルロスをおいていくことにためらいがあるのか、メリッサは戸惑うような表情を見せる。だが、ヴァルロスはもう答えない。相手を睨み付けるように見ているだけだ。
「わかったよ…」
 メリッサは仕方なくそう答え、さっと風のように走っていく。
 メリッサがいってしまうのを確認して、ヴァルロスは剣を構え直した。
「さあて、今度は遊びはなしだ! 行くぜ!」
 だん、と踏み込んだヴァルロスを見て、鋭く狩人はいった。
「来るぞ!」
「わかってる。」
 パーンと音が鳴る。狩人は魔弾を鋭く連続で撃ち出す。かなり衝撃があるらしく、引き金を引くたびにやや後退している。が、ヴァルロスは、それをものともせずに飛んで避けている。そのまま、狩人の方にむけて剣を突き出す。
「魔導師!」
 狩人が叫ぶのと時を同じとして、空中にいた魔導師が何かを口の中で唱えていた。
「もう、完成しているよ。」
 魔導師はそういうと、両手を三角の形に直す。その指の間に光りが集まり、赤い炎があらわれた。魔導師は古代の言葉で何かを告げる。
 炎の塊は、指で形作ったその間から、飛び出していってヴァルロスに向かっていった。が、ヴァルロスは、突然、今まで向かっていた狩人から、標的を変えて飛び上がる。炎に突撃したが、ヴァルロスは火に焼かれずにそのまま魔導師の眼前に現れる。
「!!」
 魔導師は、ローブの間から幼い顔を驚きに引きつらせた。ヴァルロスは剣を構えていたが、それをみてこう叫んだ。
「ガキに本気を出すつもりはない! はりせんで殴った程度だから、泣くんじゃないぞ!」
 ヴァルロスはそういうと飛び上がって、魔導師に向けて剣を振りかざす。
 と、ふとヴァルロスは眉根を潜めた。魔導師が、 何かをローブの中から取りだしてかざすのが見えたからである。
「何!」
 一瞬ヴァルロスは、顔色を変えた。
「そ、それは……!!」
 その手にあるのは、透き通った石だ。俗に言う水晶だが、その色は光の加減によって微妙に違う。わずかに魔導師の掌の上に浮いているようにすら見える「ソレ」が、一体何であるのか、ヴァルロスは知っていた。
 魔導師はなにごとか口の中で唱えているように見える。ヴァルロスは、思わず手を顔の前にかざした。
 直後、突然石から光が溢れる。青みがかった、先程の魔法とは比べものにならない圧倒的な光に、ヴァルロスは逃げ場もなく飲まれていく。
「しまった! ……畜生! わすれてた!!」
 ヴァルロスは思わずそう叫ぶ。体が、光に溶けていくようになくなって消えていく。ヴァルロスは顔をかばうようにしたまま、思わず叫んだ。
「うおおおおおおお!」
 光の洪水は彼を押し流すように増大していく。強い光は、そのまま彼の姿をどんどん隠していくようだった。
 リィン、とふと音が鳴る。魔導師の右手を飾っていた金属の装飾が音を立てたのだ。彼は右手をわずかにかざし、そして、光の増大をおさめた。
 光の暴走がおさまり、狩人はようやく慣れた目を空中に向ける。そこには先程いたはずの大男の姿はなく、服も剣も全て消え去っていた。
 狩人は思わず声をかけた。
「魔導師(マジシャン)、今のは!」
「……ただの魔法では効かなかったけれど、でも、これには効果があったみたい……」
 ふわり、と浮かんでいた魔導師は、やがて地面に下りた。
「リー=ヴァルロスは、『危ない』ってお達しがあったんだ。それで、来てみたんだけど……」
「すまん、助かったぞ。しかし、それは……?」
 狩人は、魔導師の手に、半ばそれ自体が浮いているように見える透き通った石に目を向けた。
「ああ、欠片の一つだよ。もしかしたら、と思って借りてきていたんだ。でも……」
 魔導師は小首を傾げた。
「どうして、魔法は効かなかったのに、これが? クリスティア・クリスタルは、確かに凄い破壊力を持っているけれど、あの人の消え方は衝撃による消滅じゃなくて、なにか、別の……。まるで、空間を移動したような、そんな感じだった……」
「ま、まあ、よいではないか。魔導師。ひとまずは、ヴァルロスは消えた。ならば、私の任務もひとまず成功だということだ。すまんな。」
「そうだね……。役にたてたのなら、嬉しいよ。」
 魔導師は、まだ幼さの残る顔をフードの中から覗かせてうなずいた。
 狩人と魔導師は振り返り、やがてそこから去っていく。一人、建物の影に隠れていたメリッサは、その様子を見守りながら、考え込んでいた。
「くそっ、ヴァルロスの奴、どうなってるんだ?」
 けして、彼が死んだとは思えない。ヴァルロスは、不死身のリー=ヴァルロスというあだ名が示すとおり、異常なほど不死身だ。それはよく知るところである。そして、謎なのは、一体ヴァルロスがどこに消えたかということだ。魔法や兵器がすさまじくなると、人一人ぐらい吹っ飛ばせるとはきくものの、ヴァルロスの消え方は変だった。
 消される、というのではなく、元からいなかったようにふっと消えたのだ。
「ったく、面倒なことしやがって……!」
 普段丁寧語で喋っているメリッサは、ついつい言葉を汚しながら、ため息をつく。抱えていた子猫が、不安そうに、にゃあと小さい声で鳴くのが聞こえた。
 





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背景:空色地図 -Sorairo no Chizu-


©akihiko wataragi&reina miturugi