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3.空の島の召喚士-3


 のどかな光がふりそそぐ森の中、一人の少女が密輸商人が現れるポイント、つまり島の外れに向かっていた。巻き毛の赤い髪をリボンで束ねた彼女は、早足で森のそとに向かっている。森は深緑で深いが、慣れてしまうと迷うほどでもない。ただ、慣れていると、という前提がいるのであるが。
 召喚という術はリンディア村の秘儀といえる。一つ間違えば他人の自らも滅ぼしかねないその力は、魔力への理解と、そして召喚物に対する心積もりが必要である。リンディア村の子供達の多くは、そうした教育を小さいときからされ、そして召喚術を身につけても大丈夫だと認定されて学びを始めるのだった。だから、みだりに他人に教えてはならないし、それを見せつけてもいけない。だから、彼らは浮遊大陸のアイリシアでも森の奥に隠れ里を作って住んでいるのである。だから、ティアラは森の中をえんえんと外に向かって歩かなければならないのだった。
「うーん、こっちであってると思うんだけど、どうしてこんなに時間がかかるのかしら。」
 ティアラはふと不安になってぽつりといった。ティアラは、どっちかというと方向音痴の気がある。たまに街の中でも迷うことがある。だから、森の深い中を歩いていて自分の感覚がふと不安になったのだった。
 もし、間違っていたらどうしよう――
 と、ふと迷う彼女の目の前で、何かの影が踊った。ティアラはびくりとして顔を上げた。
「な、何かしら」
 影は、森の木陰からはねるようにして近づいてくる。ふわふわした動きがたいへん怪しいので、ティアラは、また何かまずいモノでもいつの間にか召喚してしまっていたらどうしようかと思った。
 何しろ、こんな森の奥である。おまけに、相手の動きが妖精かなにかのように軽やかに見えたのだ。
「ど、どうしようかしら。もし悪い妖精さんだったら、さすがにミメリス先生から破門されてしまうかもしれないわ。」
 あの先生に破門を言い渡す気力があるかどうかはしれないが、ティアラは一人はらはらとた。影はその間もふわふわと近づいてきて、やがて木漏れ日の下まで来た。
「あら」
 ティアラは思わず警戒心をといた。
 目の前の影はようやく姿を現していたが、それはティアラが想像していた以上にかわいらしい外見をしていた。
「こんにちは!」
 目の前の影に挨拶され、ティアラは「こんにちは」と元気よく返して笑い返す。
 黒髪の長い髪をたばねた少年は、ティアラより小さいぐらいで、おそらく年もいくつか下のようだった。少年といったが、実際はどちらかわからない。大きな目を少し細めてにこやかに笑う彼は、儚げで繊細な作りの顔立ちで、女の子にも見えたからだ。ティアラが少年だと認定したのは、彼の服装が一応男の子のものだろうと予測できたからである。
 しかし、彼の笑みはどこか空虚さがただよっていた。だが、それは彼の雰囲気に飲まれてすぐにはわからないほど、紛れていた。ましてや、常人よりのんびりしているというティアラがそれに感づくはずもない。
(わぁ、本当に妖精さんなのね!)
 それどころか、ティアラは感慨深げにそんな事を思う。少年の表情に、見慣れない服装。ティアラが妖精と間違えても仕方がないといえば、仕方がない。それにここは、リンディア村の周辺の深い森である。妖精がでるとしたらあまりにもぴったりの場所だった。
 それに、右肩に耳のないねずみ大のしろくてもふもふした綿毛のようなものが乗っている。よくみると目があるし、動物らしいことはわかるのだが、すくなくともティアラはそのような生き物を見た覚えがない。そうした不思議な生き物を親しげに肩に乗せている少年は、やはり人間ではないとティアラは勝手に解釈した。
 少年はふふっと笑う。その楽しそうな様子に、ティアラの頬は緩む。
「森の中には、地形の怪しいところもあるから、足下には気をつけてね。」
 ティアラが少年の肩に手を触れていうと、彼は楽しそうにうなずく。
「ありがとう!」
 そう歌うように礼をいって、少年はまた元のように走っていく。ティアラはその微笑ましい様子を見送って笑った。
「きっとお散歩の途中なのね。」
 ティアラはまた自分も歩き出した。空を見ると森の木々の間から船の姿が見えていた。ソレが下界からやってきた密輸船であることを、ティアラはようやくに気づいていた。


 
「なに」
 荘重な部屋の作りの中で、男は眉をわずかにひそめた。
「リー=ヴァルロスをやったと?」
「はっ」
 上司を前に緊張気味の狩人はそう答える。
「魔導師による攻撃で、リー=ヴァルロスは、間違いなく「消滅」いたしました。おそらく、彼の排除に成功したものと思われます。」
「そうか。」
 わずかに安堵した様子をみせ、彼は魔導師をみた。フードに覆われた顔の影から、大きな幼い瞳が覗いている。
「魔導師、よくやった」
「いえ、僕の力だけではありません。狩人も手をかしてくれましたし、セダリム様からお預かりした水晶の力も大きいのです。」
 なるほど、眼鏡の中年はセダリムというらしい。相変わらず隣の机には、金髪の青年が静かに座っている。
「だが、ヴァルロスを排除したことは大きい。」
 セダリムはやや笑んだ。
「我々の目的を果たすためにはシャイルスのヴァルロスはどうしても邪魔であった。何度も今まで刺客を送り込んだのだが、奴の異常なまでの力によってはねのけられてきていた。このたび、お前がアレを倒したのは、我々の将来においても賞賛に値すべき事項なのである。」
「ありがとうございます。」
 ぺこりと魔導師は頭を下げる。
「後に何か褒美を取らせよう。さがってよいぞ。」
「はい。」
 魔導師と狩人は答え、共に頭を下げる。そのまま、二人は、室内の二人の静寂を破らぬよう、そうっと外に出た。
 二人が外に出てしまうと、青年はふと声を掛けた。すでにランプは青い光を湛えている。
「ヴァルロスが死んだとお考えですか?」
「……確証はないだろう。だが、可能性は高い。消滅したのならば。」
 まあ、と彼はぽつりといった。
「あのヴァルロスに限って安心はできんが……。あの人とは思えぬ力は、一体なにものであったのか、今でもわからん。一体、あれは何なのだ?」
「よくは、わかりません――」
 青年は目を伏せる。
「ただ……」
 青年は、ランプの火がわずかにちらとくゆるのを見ながらはっきりといった。
「石の力に関することかもしれません。現在も調査はしています。」
 実際はどうなのかはわからない。だが、ヴァルロスという邪魔で不可解な男の気配が消えたことは、彼らにとっては喜ばしい限りであった。





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背景:空色地図 -Sorairo no Chizu-


©akihiko wataragi&reina miturugi