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3.空の島の召喚士

 
 船室内には、おいしそうな香りがたちこめていた。そろそろ昼時なのだ。その香をかぎつけてふらふらと連中が船室に集まってくる。
「お前ら…」
 じゅーじゅーと音を立てるフライパンで、炒飯の具を炒めながらジャッシュは頭を痛くした。
「本当、飯の時だけは呼ばなくても集まってくるよな。普段、呼んでも来ない癖に…」 
 フライパンの上では、加熱された油の上で、豚肉と下で買ってきた野菜が揺れている。ジャッシュは、なかなか料理上手な方だった。味のわからない親分リー=ヴァルロスは、味覚というものがないのか、たとえ、料理がうまかろうとまずかろうと褒める。いまいち信用ならないので、彼に褒められても自慢にはならない。だが、彼の補佐役であるメリッサ=バースはそこそこ舌が肥えているので、まずい料理は食べられないのだ。たとえば、当の親分が作った謎のどどめ色の料理などは――。
 少なくとも、そのまともなメリッサに褒められたことがあるので、ジャッシュは料理には自信があるし、手慣れていた。だが問題はそこではない。
(なんで、オレが毎回飯作ってるのかなぁ?)
 当番制ということを伝えたような気がするが、果たしてわかっているのだろうか、この三人。わらわらといつの間にか集まってきた顔なじみの三人は、何も言いもしないのに、ちゃんと食卓に着いている。しかも、いつの間にか食卓の席までが決まるほどに馴染んでいた。
(まだ、一週間経ってないよな……確か。)
 それどころか、一日二日ぐらいしか経っていないかもしれないのだが、あれからの時間は非常に長く感じられていて、ジャッシュは正確な日数を思い出せなくなっている。
(っていうか、オレの船なのに、なんかオレが一番浮いてないか…)
 それはまずい。心密かに焦るジャッシュは、慌ててこう言い聞かす。
(いや、確かにオレが一番浮いてるかもしれねえけど、オレは船長なわけで、こいつらのなじみ方が変なだけだ! 大丈夫、オレはオレのやり方でいけばいい。ここはオレの船なんだから、オレが王様なんだ!)
 何となくめげそうな心をどうにか立て直しつつ、ジャッシュはうんうんとうなずく。
「ああのさぁ…」
 ジャッシュはため息混じりにいって、席に座る個性豊かな三人を見やった。この仲間に入れられているかと思うとちょっと悲しくなる。もっとも、あのシャイルスにいるときも、仲間達は何かと変な奴が多かった。だがこれはあれとは何か別のものを感じる。何か、こう、こっちの方が濃い感じがするのだった。親分をのぞけば――。
「そろそろ、わかってるだろ? 次の街までだからな。」
「何だ、炒飯の出来が遅いようだが?」
 不意に金髪の巻き毛の紳士が、話など聞いちゃいない様子でぼそりと訊いた。切れ長の目は鋭いというよりも、どこかぼうっとした様子もある。と横にいたしろい、ふさふさした毛並みの獣人が声を上げた。
「ええっ! まだできてねーのかよッ! オレ、もう腹減って仕方ねえんだぞ!」
「そうか…今日の昼は炒飯だったのか。それで、こんないい匂いがしたのか。」
 その声をうけて銀髪の美女が、腕組みをしながらうむうむとうなずいている。
 金髪の紳士は、魔法使いの癖に科学主義者で、しかも、なんだか自分たちが誘拐したことになっている。獣人は、木の船で空を飛ぼうという浪漫野郎で、しかも田舎ものでいつの間にか共犯者にされてしまった。銀髪の美人は、とにかくおっかないひとで返り血で血だらけの所をうっかり拾ってきてしまった。
 ビシュタルトに、メルカードに、ランスロット。三人は、すっかりここに慣れてしまっていついてしまった。
 その様子を見ながら、ジャッシュは何となく切なくなった。
 もうどうにでもしてくれ。
 そう思いながら、塩、コショウを少々律儀に振る。そろそろ卵をいれなくては、と頭の片隅で思いながら、彼はため息をついた。
 彼の名はジャン=ジャッシュ。シャイルスの街を牛耳るリー=ヴァルロス一家の一員で、現在まさに密輸中の筈だった。あまりあくどいことはしないヴァルロスを尊敬する彼は、密輸といっても、関税の高い野菜や下でしか作られていない機械部品をこっそりと運んでいるのである。上の世界、つまり空に浮かぶ浮遊大陸と、下の世界、つまり海と大地で構成されるもの。その二つに分かれているこの世界をつなぐのは、下界の科学力が生んだ飛行技術に頼るところが大きく、その貿易も下界の働きかけがなければ、ほとんど達成できないのだった。
 冴えない顔がちょっとコンプレックスな青年のジャッシュは、今回が一度目の密輸なので、本当はいつ王国の監視に捕まらないかとびくびくしていたのだが、彼らと関わる内に、そんなことはどうでもよくなってきていた。
 というより、密輸の罪で捕まる前に、誘拐犯に仕立て上げられてしまっているのだ。ばれる前から大っぴらに指名手配犯になってしまったのだから、もはや何を恐れる必要もないのである。最悪の事態はすでに起こっているのだから――
「ああ、親分…」
 ジャッシュは、思わず台所にかかっているほとんど親代わりだった尊敬するリー=ヴァルロスの写真を思い浮かべた。あんな無茶な人だったが、遠く離れた今となっては、随分まともな人だった気がするのが不思議だ。
「もう、オレ、こんなんでいいのかなあ。」
 ジャッシュはそう嘆きながら、しかし手は律儀に炒飯を作り続ける。そんな体質がかなり泣けるジャッシュなのだった。


 ※

立ち上る土煙を見ながら、男達は黙り込む。茶色の煙は、大地の砂が衝撃で巻き上がったものだ。
「やったか――!」
 隊長がうなるようにつぶやく。二十人ばかりの戦士達が、「狩人(ハンター)」という名で呼ばれる王国の特殊部隊の男の部下であることは間違いない。彼らの右手に握られている武器が、その証拠ともいえる。
 拳銃によく似せた形状の武器であるが、それはいわゆる銃とは全く違うものである。鉄色ではなく、銀色の銃身を見てすぐわかるように、それは魔法で合成した合金だ。その上に小さな水晶の欠片がはめ込まれているのがみてとれる。その水晶が魔力を帯びたものだということは、魔法に少しでも通じている者なら、一目で分かるものだろう。
 それは、同じく魔科学で合成した爆薬をより強大な破壊力に変え、光線のような状態で撃ち出すことが可能だった。
 いわば、魔科学をつかった光線銃と呼んでもいいものである。
 そして、今の土煙は、それを一カ所に向けて集中して放ったことから生じたものでもあった。それほどのものを一カ所に、しかも、射撃の正確さでしられた部隊の者達が打ったのだから、ターゲットには間違いなく当たっているはずであった。
 土煙の向こうにいるはずの標的は、これだけの砲撃を受けて無事でいられるはずもない。むしろ、欠片も残さずに消えていなければならないのだった。
 彼らが勝利に唇をほころばせようとした時、だが――ふとその空気はうち砕かれたのだ。
「甘い攻撃だな、おい。」
 明るい声が響いて、彼らは仰天した。土煙の向こうで人影がはっきりと揺らめくのが見える。
「ま、まさか!」
 あり得ない筈の光景に、唇をわななかせ、部隊の責任者である「狩人」は目を凝らす。徐々に土煙は晴れてきて、人影の輪郭がはっきりと見えた。
「煙っぽいなあ、こんなんで帰ったらまた洗濯しなきゃなんねーじゃねえか。」
 のんきな文句を言いながら、大柄の人影はほこりを払いながら完全に姿を現す。
「魔科学ってのは、たよりすぎるとコワイんだぜ〜」
 現れたのは黒髪で大柄の男だ。今日は青っぽい上着を肩に掛けて、腕組みをしている。腰の剣に指を触れることもなく、ただ彼は煙の中にたたずんでいた。
 ふとみゃあ、と手元で小さい声があがる。しろい毛並みの小さい塊が、煙の向こうからあらわれた大きな手につつまれている。そして、彼は、その猫を手に包んだまま、天真爛漫な笑みを浮かべるばかりだ。
「小マリアンを拾ってオレが上機嫌じゃなかったら、お前ら撃った時点でふっとんでたぜ。命拾いしたな。」
「くそっ、リー=ヴァルロス!!」
 もう一度「狩人」は引き金をひこうと構え直す。だが、ヴァルロスが動く方が若干速かった。たん、と、草履のような簡単な履き物で彼は足を運ぶ。子猫を懐に押し込み、そのまま彼は腰の剣を一気に引き抜いた。
 その様子に、今まで優勢だった「狩人」の部下がわずかに怯える。それもその筈だ。大都市シャイルスを、このお人好しやくざが支配しているのは、なにもその人柄ゆえだけではない。この男が異様に強いから、周りを取り巻いていた者達がやがて降伏していったのだ。
 そして、シャイルスがウィザーク=ガルドの支配体系から外れているのも、後一歩のところで、遠征隊が出てきたヴァルロス本人にたたきつぶされるからである。剣を抜いたときのヴァルロスは、強すぎる。アレは人間業ではない、と、過去派遣したものが命からがら逃げてきていった理由が今はわかる。
 だが、今はそういっているどころではない。王国の偉大な「計画」を成功させるためには、このシャイルス自体が大きな敵になる。特に、義理と人情でどこまでも弱い者の味方に走りかねないヴァルロスがいる限り、王国が安心して計画を遂行することは不可能である。
 ――いまや、「石」も「神子」も行方不明で、おまけにあのビシュタルト子爵は誘拐されてしまった。そんな不利な状況で、この男を生かすわけにはいかない。





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背景:空色地図 -Sorairo no Chizu-


©akihiko wataragi&reina miturugi