2.類友の法則−6
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「…どうぞめしあがれ」
「おう!」
「うむ、いただこう」
かたん、と席についたジャッシュに、メルカードとビシュタルト、それに例の女は待ってましたとばかりにテーブルに上へと手を伸ばした。
10人は囲めるだろうというような大きめの丸い机の上に載っているのは山盛りのパンケーキ。食堂にはその甘い匂いと、ビシュタルトが先ほどレビアスで手に入れた紅茶の素晴らしい香りが立ち込めている。
とりあえずこんなところで立ち話もなんだな、というビシュタルトの言葉で、一行と森で倒れていた女性はジャッシュの船に戻ってきていた。では何故いきなりティータイムかというと、それもまたじじいが、お茶の時間だから何か用意しろとジャッシュにのたまったためである。
(…オレどんどん扱いが悪くなってきてるような気がする…)
それでもやはりパンケーキを焼いてやるあたり、お人よしの彼らしい。
自分の分のパンケーキを皿にとってバターを塗りながら、ジャッシュはちらりと自分の真正面にすわる銀髪の女性の様子を窺った。
血痕を落とした彼女は、やはり文句のない美人だった。肩でそろえられた銀髪はまっすぐで癖がなく、窓からの光を受けて鈍く輝いており、今はパンケーキにしか注がれていないダークブルーの瞳は少しつってはいるが、切れ長で美しい。鼻筋もすっと通っており、薄い唇とあいまって、どこか冷たいように感じるが、やはり整っていた。
男ばかりの密輸団で育ったジャッシュとしては、こんな美人にお目にかかるのははじめてだったが、その胸の高鳴りは断じて恋とかいうものではなかった。純粋な緊張と恐怖である。いきなり剣を突きつけられた者としては当然といえば当然だった。
(………)
しかし何か喋らないと事態が進展しない。自分がやらないと他の人たちはいつまでも無言に違いないのだ。…パンケーキを食べることにいっぱいいっぱいで。
(…大丈夫、きっと大丈夫…!ほら、席離れてるし、いきなり剣なんてことはもうない…!)
はず、と付け足しそうになる自分をごまかしながら、ジャッシュは紅茶をぐびっと飲んだ。かなり良いものであるに違いなかったが、あまりの緊張に味も分からない。それでも喉を潤すことはできたジャッシュは、意を決して女に話しかけた。
「あ…あのさ」
パンケーキに注がれていた視線がまっすぐ自分に向けられて、ジャッシュは反射的に「なんでもないです」と言いそうになったが、なんとかこらえる。
(ま…負けるなオレ!ええと、とにかく最初にすることは…)
「そうだ、自己紹介、まだだったよな。オレはジャン=ジャッシュっていうんだ。駆け出しだけど、商人やってる」
「商人の前に密輸が抜けているぞ」
「初対面に余計なこと言うなよじじいっ!!」
ただそこで知り合った人に、「自分は犯罪者です」などと言う人がどこにいるというのか。…いや、親分は堂々と言っていた気もするが。密輸やってんだ!とか。
「事実だろう?」
しかしビシュタルトは悪びれることもなく、ティーカップに口をつけると、女に向き直った。
「私はビシュタルトという。科学者だ。博士と呼ばれているぞ」
「「だれも呼んでねぇよ」」
ジャッシュとともに真顔でつっこんだメルカードが、両手につかんでいたパンケーキにかみつきながら何故か胸を張った。
「オレはメルカード=サルード!!誇り高いガランタの冒険者だ!!」
「…ランスロット」
3人の視線を受けて、女性がぼそっと言った。
「ランスロット=シャルナーク。職は…」
そこでぴたりと口をつぐんだ。何か考え込むようなそぶりを見せた後、口を開く。
「…人斬り?」
「人…っ!?」
「へぇ〜下では人斬りって仕事もあるのか〜!!」
パンケーキを喉につまらせ、目を白黒させるジャッシュの隣で、メルカードが妙な感心をする。女…ランスロットはそんなメルカードに微かに首を振って見せた。
「知らない。ただ、どこの組織にも属さず法の保護も受けぬまま、私のようなことをする者をそう呼んだと思ったからだ。私は解雇されているだろうから」
(…私のようなことってどんなことだよ…!?)
しかしジャッシュはそれを口に出す勇気はとてもなかった。かわりに、これは冗談の一つに違いない、と自分に必死に言い聞かせ、別のことを口にする。
「えっと…それでランスロットさん。あんた何であんな森の中で倒れてたんだ?」
「………。」
(え、もしかしてオレいきなり地雷ふんだ…!?)
黙りこんだランスロットにジャッシュは本気でおびえたが、その必要はなかったことにすぐに気づいた。彼女の様子からすると、どうやら思い出そうとしているらしい。しばらくして彼女は女性にしては低めの声で呟いた。
「…行き倒れ」
「…え?」
聞き間違えたかと思って聞き返そうとしたジャッシュだったが、隣のケモノに言葉をかき消された。
「何で行き倒れてたんだ!?」
「…空腹で」
言ってパンケーキを口に運ぶ彼女に、ジャッシュは「本気で行き倒れかよ…」と小さく呟く。…それにしてもそのナイフさばきが妙に見事なのが怖い。
「でも空腹で行き倒れたんだとしたらあの血は何だ?」
「血…」
ランスロットはまた考える仕草をする。そしておもむろに言った。
「…ただの返り血だ」
「返り血!?」
(しかもただの、って何だ!?)
戦慄するジャッシュに様子に気づき、ランスロットが一つ瞬きをした。
「…返り血とは、生物…血の流れる者を斬った時に噴出す血を浴びたもののことだ」
「…いや、別にそれが何かって訊いたわけじゃないんだけど…」
言いながら、淡々としているランスロットに、ジャッシュは自分の考えが早とちりだったのではないかと思い直した。
(そうだよ。何も人間の血だとは言ってないんだし。狩りをした時の動物の血だな、きっと!!)
相手が人間だとしたらここまで無表情・無感動にそんなこと言えないだろう。
「何の返り血なんだ!?」
「うわ!!」
訊かなくていいこと、というよりは、むしろ訊きたくなかったことをけろりと言ったメルカードの口に、ジャッシュは反射的にパンケーキを三枚ほど突っ込んだがもう遅い。出てしまった言葉は戻すことはできないのだ。
「…人の」
案の定、知らない方が良かった真実を無表情に告げられ、ジャッシュは思わず頭を抱えた。今の自分に隣でパンケーキに目を白黒させつつもごもご言っているケモノの(多分)文句など聞いてやる心の余裕はない。
しかしいつでも無駄に余裕たっぷりなじいさんは、やはり優雅な仕草でパンケーキを口に運び、飲み込んでから、口元をマイナプキンで拭きつつ彼女を見やる。
「ほう…?戦でもあったのか?」
「あ、そうか」
その可能性があった、とジャッシュは頭を上げた。が。
「…いや、ただ」
無表情にぼそりと。
「…気に喰わなかっただけだ」
低い声で呟かれた言葉にすぐに撃沈された。
(やっぱり…!やっぱこの人危ない人だ…っ!!)
彼女が口を開くたびに、森で彼女を拾うか拾わないか考えた時の「彼女には関わらない方が良い」と訴えたジャッシュの直感は正しかったことが思い知らされる。
(なんでオレの周りにはこうキワモノばっかり…!!)
しかも関わらなければ良かった、と思う強さでは、メルカードとビシュタルトよりも強いかもしれない。奴らははた迷惑でトラブルメイカーだが、恐くはないから。
このねぇさんは、はっきり言って怖い。
(いやまて…指名手配犯にされたことを考えればじいさんが一番関わりあいたくなかった奴になるかも…)
現実逃避か、無意識に「関わりあいたくない奴ランキング」を始めたジャッシュは、そこまで考えて、はた、とランスロットを見た。
(…なんか今一瞬、何かを思い出しかけたんだけど…)
おそろしいまでのナイフさばきでパンケーキを切り裂いているランスロットを凝視しながら、ジャッシュは必死に頭を巡らせた。
(何だっけ…多分このねぇさんとさっき考えてたことに関係あることだと思うけど…)
「どうしたんだチンピラ。食わないんだったらそれもオレにくれよっ!!」
「やらんっ!…いや、なんかオレ…このねぇさんと初対面な気がしなくてさ…」
両手でパンケーキをつかんでかじりつくメルカードから守るようにパンケーキの皿を自分の方へ引きながら、ジャッシュはそう言った。言ったことでああ、そうか、と自ら納得する。
「どっかで会った気がするんだよなぁ…」
「ほう。どうなのだ娘御」
「…知らん」
ビシュタルトに問われ、少し眉を顰めながらランスロットはきっぱり言った。
「…しかし気にするな。私は人の顔を覚えるのは得意ではない。どこかで会ったが私が覚えなかっただけかもしれない」
「…微妙なフォローをアリガトウゴザイマス…」
「しかし青年。他人の空似ということもあるぞ」
ティーカップを傾けるビシュタルトに言われ、ジャッシュは唸った。
「う〜ん…いや、それはないと思うんだけど…」
「ほほう。何故?」
「いや…顔そっくりだし、名前もそんなかんじだったし…」
「…私は名乗ったのか?」
それはさすがに覚えていないと失礼だな、と呟くランスロットに、ジャッシュははて、と首を傾げる。
「ん?でも口利いたのは初めてな気がするな…」
「なんだよそりゃ!?」
「頼むから食事中にしっぽばたつかせるのやめてくれケモノ!ほこり舞うだろ、ほらっ!…ええと、そもそもどこであったんだ…?そんな昔じゃない気がするんだけど…」
そこでジャッシュの脳裏にあるものが浮かんだ。本当についさっき。ほんの一時間ほど前に町で目にした一枚の紙。
「ああ!あれだっ!!」
ランスロットを指差して叫んだ。
「あんたの顔、掲示板で見たんだ!そこに名前も書いてあったんだよっ!!」
「そうか。では私が失礼をしたわけではなかったのだな。安心した」
「ああ、すぐに思い出せなくて悪かったな!」
てれてれと頭をかくジャッシュに、ビシュタルトが素朴な疑問を口にした。
「なぜこの娘御の顔と名が掲示板にあったのだ」
「それは…」
ジャッシュの動きがぴたりと止まった。すっかり失念していたことを思い出し、一気に影を背負う。
「…国への反逆罪で指名手配されてて…」
自分たちの手配書の隣に張られていた手配書で、彼女の顔と名を知ったのだ。
「…そうか、手配されているのか」
ぼそりとランスロットが呟いた。
「ならば今の職は指名手配犯だ。知らなかったとはいえ、失礼した」
「そういう問題じゃねーだろ―――っ!!」
真顔でずれたことを言う美女に、ジャッシュは思わず立ち上がった。椅子が派手な音を立てて倒れる。
「指名手配犯なんだぞ!?ショックとか後悔とか混乱とか…もっとこう…何かないのかよ!?」
「…別に」
(おかしい…!このねぇさん危ないだけじゃなくどこかおかしいって…!)
自分が指名手配犯にされていると知った時パニック起こしたことがバカみたいだ。
「まぁまぁ。お主たちも指名手配されているではないか」
「誰のせいだっ!!」
「悪の陰謀だ―――っ!!」
口々に叫ぶジャッシュとメルカードに、ふふ、とビシュタルトは笑みを浮かべる。
「かくいう私もこの才能を欲する王国に追われている。つまりここにいる者は皆、王国に追われているという点では同じだ」
「一緒にするなっ!!」
自分(とメルカード)は濡れ衣なのだ。あえていえばビシュタルトのとばっちりを受けているだけなのだ。その元凶と(多分)ほんまもんの反逆者と一緒にして欲しくない。
(けどケモノと一緒にもして欲しくない…)
複雑な男心だった。
「そうか…お前たちもか」
少し驚いたように、しかし淡々とした口調は崩さずに言うランスロットに、メルカードが少し嬉しそうにひげをぴくぴくさせる。
「おう!お前もそうなんだな…!つまり仲間だなっ!!悪と戦う正義の集団かぁ…!」
「…何に憧れてるのかは知らんが、どう考えてもこっちが悪の組織だぞ…」
指名手配犯が集っているのだ。一般的に見て、正義の集団なわけがない。しかしそういったジャッシュの言葉はさらりと無視された。
「よろしくな〜!」
「うむ。長い付き合いになるな。よろしく頼むぞ」
「え。」
満面の笑みをランスロットに向ける二人にジャッシュは固まった。
(ねぇさん船入り決定?しかもオレまだあんたらも承諾してない気がするんだけど、完璧棲みつく気ですよねぇ?それも長い付き合いする気なんですか…?)
どうせやるなら自分のいないところでやって欲しい。
(いやいやいや、でもまだねぇさんの意思は聞いてないし…こんな怪しい集団入りたくねぇって言うよな!いや、言ってくれ…っ!!)
「ああ。…世話になる」
(…なった、じゃなくて、なる?断定の未来系用法デスカ…?)
どう考えても仲間入りな発言をした銀髪の美女に、ジャッシュはばったりと机に倒れ伏した。その空ろな視界の中では、なごやかに3人の固い握手が交わされていた。