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2.類友の法則−5

「どの木にするかな〜!!」
「…どの木でもいいけどせめてちょっと奥に行ってからにしてくれよ?あんまり外側だと木を倒した時にばれるからさ」
 森の中は昼だというのに薄暗かった。木々は高く生い茂って日の光を遮断し、足元では植物の蔓や根が行く手を阻んでくる。それに加え岩や泥地などのおかげで足場も悪く、進むだけでもなかなかの苦労をしなければならない。
 しかしそんな森の中を、メルカードはひょいひょいと進んでいた。それこそいつもと変わらない足取りの彼に必死でついていきながら、ジャッシュは後ろについてきているはずのビシュタルトを振り返る。
「おい、大丈夫かじいさん?」
「む?何がだね?」
「………」
 心配したのがバカだったと思えるほど、白衣のじいさんはけろりとしていた。息も乱れていない。
(…なんなんだこのじいさん…!この道のりがきつくないなんて“じいさん”じゃねぇだろ!?いや待てよ?メルも爺さんも平気でオレだけ辛いってことは…もしやオレが年寄りじみてるのか!?)
 おそろしい考えにジャッシュが青ざめた時、ぴたりと前を行っていたメルカードが足を止めた。くん、とにおいを嗅ぐように鼻を鳴らしながらきょろきょろと辺りを見渡す。
「ど、どうした…?」
(もしかして良い木と悪い木を嗅ぎ分けてるとか…?そんなこと本当の獣でも出来ねぇよな、多分…どうしよう、そこまで感性違ったらオレうまくやってけねぇ気がする…!!)
 しかしメルカードはくんくんと鼻を鳴らすのを止めずに、ジャッシュの予想とは違うことをぽつりと口にした。
「―――血のにおいがする」
「ああ、なんだ、血…」
 なんだ、木の質を嗅ぎ分けてたわけじゃないんだ〜、とジャッシュは安堵の息を吐こうとして…固まった。
「血…?」
「こっちだっ!!」
「え、ちょ…!?」
 しかもいきなり走り出したメルカードに、ジャッシュは慌てながらも後を追う。
(血ってやっぱ血?誰の!?いやいや何も人間って決まったわけじゃ…そうだ、きっと動物とかだよな!でもなんでメルはあんなに嬉々としてるんだよ…!?)
 いや、それよりも。ジャッシュはぜぇ、と息を吐いた。
(ケモノ足速すぎだろっ!!)
 密輸で鍛えた逃げ足は伊達じゃない。しかもジャッシュはヴァルロス一家の中でも足の速い方だった。だが、そのジャッシュの足をもってしてもメルカードとの距離はぐんぐん広がっていく。
(ええい、いっそそこの岩につまずけ!草にひっかかれ!そこ、そこでこけろ〜!)
 しかしジャッシュの念は通じず、メルカードは軽い身のこなしでぶっちぎる。
「くそ…!やばい、このままじゃはぐれる…!!」
 その呟きに、が――っという音と共に隣に並んだビシュタルトが感心したようにひげをなでる。
「うむ…噂以上の身体能力だな。メルカードはガランタ族の中でも速い方だろう。二足歩行であれならば」がーっ。
「そうなのか?つーか、二足歩行って?」
「ああ。本気のガランタ族は四足歩行で獣のように駆けると聞いたことがある。そのスピードは二足歩行のざっと3倍程になるとか」が――っ。
「あれの3倍…って、あのさ…さっきからずっと気になってたんだけど…」
 汗をたらしながら、ジャッシュは自分を追い抜こうとするビシュタルトの方を見た。
「―――それ、何だよ?」
「ん?」
 ビシュタルトの足は動いていなかった。それもそのはず、彼は椅子に腰掛けていたのだ。しかも優雅に右手にはティーカップを持っている。
 それなのに何故自分より速い速度で移動しているのか。なんのことはない。彼の足元…椅子の下には床があって、その床に小さな車輪が四つついているからだ。その車輪ががーっ、と音を立てて高速回転をしていた。
 荷物を運ぶ際に使用する台車に良く似た物体に、椅子が生えたそれの上でくつろぎながら、白衣のじじいは足を組み替えた。
「これか?これは私の偉大なる発明品の一つ…自動移動車、略して自動車なるものだ!!」
「…いや、どうみても人力車の間違いだろ…」
 その台車からのびたロープは、いつの間にやら先を走る獣人の腰に巻きついていた。動力源となっているはずのそいつは全く気づいていないようだ。…鈍いというべきか、パワフルというべきか。
「しかもそれどこから出したんだよ…!?」
「ふふふ、それはもちろん科学の力で呼んだのだ!!」
「絶対魔法の力だろ…って、ちょっと待て―――――っ!!」
 ケモノだけでなく、それと同じスピードで駆ける「自動車」にまで置いていかれそうになって、ジャッシュは全力、とばかりにスピードを上げる。
「オレを置いていくなーっ!」
「ふ…若者のくせになさけないぞ、青年」
 背もたれにもたれかかりながらカップをかたむけるビシュタルトに、ジャッシュは青筋を浮かべた。
「ならてめぇも走れっ!!」
「いたいけな老人に何を言う」
「いたいけな老人はそんなことしねぇよっ!!」
「ふふふ…科学の勝利だな」
「毎回なにをどうやったらそんな結論に…っ!」
 ひゅ、と喉が鳴った。ジャッシュは咳き込みそうになるのを必死にこらえる。やはり叫びながらの全力疾走はきつい。
(…素直になろう…)
 ジャッシュはぜーぜーと息を吐きつつ、ビシュタルトを見上げた。足がもつれそうだ。
「あの…ビシュタルトさん?」
「何だ?」
「それ…オレも乗せてくれませんかね?」
「これは一人用なのだが」
「そこを何とか…お願いします博士〜!天才科学者のお力をオレにも…!」
「…うむ、仕方ないな」
 ビシュタルトの呟きにジャッシュはほっと安堵する。これで置いていかれることはない、と喜んだのもつかの間、ビシュタルトが自分の乗っているそれを指差していった言葉に目を見開いた。
「飛び乗りたまえ」
「んな無茶なっ!!」
「そうは言われても止まれんからなぁ…」
 それはそうだろう。動力部分が後ろを顧みることなく爆走中だ。
「それが出来ぬなら諦めてもらうしか」
「ええい、ちくしょ―――っ!」
 ジャッシュは、残念だ、と首を振るビシュタルトの言葉を遮るように叫ぶと、やけくそといわんばかりに走り続ける「自動車」に飛びついた。椅子の前に少し空いたスペースになんとか転がり込む。
「よし――!」
 乗れた、と思ったのもつかの間、スペースを転がったおかげで、がん、と椅子(とそれに座るじじい)にはねられたが、それでも必死に床に這いつくばり「自動車」から転がり落ちることだけは逃れる。ジャッシュは涙目でぶつけた腰をさすった。
「う〜〜いて〜〜〜〜!!」
「うむ、なかなか見事だ」
 若いことは素晴らしいな、と紅茶をすすりながら見事な笑みを浮かべるじじいを、ジャッシュは一瞬蹴落としてやりたいと思った。しかしそれを実行する間もなく、ビシュタルトは肩を竦める。
「しかし残念だな。もう止まってしまった」
「え?」
 ジャッシュの間抜けな声と共に、が―――っ、と走っていた「自動車」という名の台車は、がっ、と派手な音を立てて何かを跳ね飛ばした。
「がふっ!?」
「うお!!メル!?」
 いつの間にかメルカードが立ち止まっていたらしい。それにも関わらず今まで引っ張られていた「自動車」は急に止まることなく、そのまま走り、メルカードに追突したらしかった。
「おい、大丈夫か―――っ!!」
「うむ…やはりブレーキが必要ということか…」
動力源にされた挙句はねられたメルカードに駆け寄るジャッシュの背後で、椅子から降りながらビシュタルトが恐ろしい呟きを口にする。
「ブレーキ…ついてなかったの…?」
「―――っ!!いきなりなんだんだ―――――っ!!」
「うわぁっ!!」
 がばぁっ、と突然地面から起き上がったメルカードにジャッシュは悲鳴をあげて後ずさる。
(なんであれだけ派手にはねられてぴんぴんしてるんだよ、こいつ…!!)
「なんだお前もオレを殺そうとしてるのかっ!?後ろから不意打ちなんて汚ねぇぞ!!」
「うむ…成功の影には必ず失敗があるものだ…科学の鉄則だ、いたしかたあるまい」
「だからお前何いってんのか解かんねぇって!!」
 しっぽの毛を逆立ててビシュタルトに詰め寄るメルカードを、ジャッシュは(最後の数秒だが)同乗していたこともありなだめようとした。しかし彼に近づこうとした時、視界の片隅に何かが止まった。
(―――――?)
 しかもとても良からぬもののような気がした。
 そちらへ向くか否か数秒迷ったが、意を決しておそるおそるそちらへと首を回す。気のせいであることを祈りながら。
「うわああぁぁぁっ!!」
「「何だ!?」」
 言い争っていたメルカードとビシュタルトがその叫び声に同時に振り向いた。ジャッシュの視線の先を見る。
 そこには人が木に寄りかかるような体勢で座り込んでいた。それだけならジャッシュもそこまでショックを受けなかっただろう。ただ、その人は全身を真っ赤に染めていたのだ。それはどうみても―――。
「し…死体じゃねぇか…!?」
「これだよ、血のにおいっ!!」
 ジャッシュの呟きに、メルカードが叫んだ。そのままあろうことかずかずかと近づいていく。それに当然のようにビシュタルトが続いた。
「お…おい…っ!」
 ジャッシュは躊躇したが、二人を放っておくわけにもいかないので、やはりおそるおそるだがその死体へと近づく。三人で囲むように立つとよく見ようと覗き込む。
「…女?」
 ジャッシュのあっけにとられたような声がぽつりと漏れた。
 その死体は女性のようだった。うつむくような体勢のために顔は見えないが、まだ若い年齢と見える。ただそれも憶測だ。その死体は確実な情報を与えるようなものではなかったのだ。
 全身が赤色をしていた。―――血で。
 鈍く光る銀の髪も、浅黒い褐色の肌もほとんどが赤色をしていた。
(…戦でもあったのか…盗賊に襲われたか…)
 ジャッシュはそっと死者への祈りをきった。彼女の両手は地面に投げ出されていたが、その左手には持ち主と同じように真っ赤に染まった剣が握られている。きっと最期まで抵抗したのだろう。惨殺というような有様の中で、その握られた剣だけが彼女の意思を示しているようだった。
「…うむ。これは見事な…」
(え?)
 死体をしげしげと見ていたビシュタルトの呟きに、ジャッシュはどっと冷や汗が出るのを感じた。見事な死体だとでも言うつもりなのだろうか。
「見事な返り血だな」
「「…は?」」
 だからその後に続いた予想外の言葉に、メルカードと一緒に恐ろしく間抜けな声をあげてしまった。
「え…返り血…?」
「うむ。この娘、本人はまったくといって良いほど怪我をしておらん。相当のてだれだぞ」
「ええ…?死体じゃないの…?」
 あまりのショックにぼんやりと尋ねることしか出来ないジャッシュに、メルカードが鼻をひくひくさせながら言う。
「いや、生きてるぜこいつ!!でも怪我してねぇって…マジかよ!?」
「うむ、これはこの娘の血ではない。だから返り血であろうと思ったのだが。うむ、詳しい話を聞くにしてもレディだ。このままでは気の毒だな…」
 ビシュタルトは一つ頷くと、指を鳴らした。目が赤く光る。
「修行用行水兵器っ!!」
 途端死体もどきな女性の頭上からドドドド、とものすごい量の水が降り注いだ。滝に打たれる修行僧のような状態の彼女に、ビシュタルトはさらに指を鳴らす。
「全自動乾燥機っ!!」
 すると降り注ぐ水がぴたりと止み、かわりに木がしなるような突風がごっ、と吹き抜ける。風の収まった後には女性が変わらぬ体勢のままそこに残されていた。
「うお〜!すげ〜〜!!今のが魔法ってやつか…っ!!」
「科学だっ!!」
 はしゃぐメルカードとそれに答えるビシュタルトはもう放っておいて、ジャッシュはぴくりともしない女性に近づいてまじまじと見た。
 纏う衣服に染み付いている血痕は残っていたが、鈍く光る銀の髪や褐色の肌についていた赤は完全に洗い流されていた。だからこそ今なら疑いようもなく言える。信じられないことには変わりないが。
「…まじで怪我してねぇ…」
 ところどころにかすり傷のような細かい傷はみられるが、どれもあのおびただしい血痕と結びつくようなものではなかった。
(…だとしたらあの血は…?まさかじいさんの言う通り、本当に返り血なんてことは…)
「で、どうするのだ?」
 いきなりビシュタルトに問われて、ジャッシュは考え事をしていたせいもあって、何を問われているのか分からなかった。
「え?」
「この娘をどうするのだ、と訊いておるのだが」
「ああ、そうか…」
 ジャッシュは木に寄りかかる女を見やる。
(…なんか、関わらない方がよさそうな気はひしひしとするんだけど…)
「…見つけちゃった以上はこのまま放っておくわけにもいかねぇよなぁ…船に運ぶか」
 極めて難しい顔でそう決断すると、メルカードとビシュタルトがそれぞれ頷いた。
「だよな!やっぱあんたならそう言うと思ったぜ!弱い奴は助けてやるのが男ってもんだよなっ!!」
「うむ…!では娘を運んでくれたまえ」
 ビシュタルトの言葉に、ジャッシュはえ、と固まった。
「………誰が?」
「あんただろ?」「お主だ」
 二人に同時に指差され、ジャッシュはおそるおそる聞き返した。
「え…?これって決定事項…?」
「え?そりゃそうだろ?だいたいあんたが助けるって言ったんだし!」
「………」
 いや、べつにオレが運ぶのはいいんだけど。でもそれが何で暗黙の了解になっているのか。なんとなく納得がいかず、彼は反撃を試みた。
「…でも体力はお前の方があるんじゃねぇの?メル」
「何言ってんだ!あんたの方が図体でかいじゃねぇか!!」
 メルカードに言われて、ジャッシュはビシュタルトを見る。
「図体ならあんたの方がでかいよなぁ…じいさん」
「何を言う!お主はいたいけな老人に人を運べと言うのか!?」
「だからあんたのどこがいたいけって…もういいよ」
 多分この二人には何を言っても勝てないだろうと悟ったジャッシュは、一つため息を吐いて女性へと近づく。
(…ってオレそういや女の人運んだことないよな?うわこれって肩に担いでいいわけ!?それとも背負う方がいいか…いやまてまて、もしかしたらお姫様抱っこって奴じゃないといけないのか…!?)
 どきどきしながら、ジャッシュは彼女へと手を伸ばした。その瞬間。
「―――ひっ!!?」
 その両手は驚くべき速さで顔の横へと上がった。引きつった声の漏れた喉元には、銀。
 あまりのことに、メルカードとビシュタルトでさえ動けなかった。ただその場を凍りついたように見つめている。
 今まで何の反応も示さなかった女がダークブルーの瞳でジャッシュを見据えていた。整った顔立ちには何の表情も浮かんでおらず、薄い唇は言葉を発することもない。左手に握られた長剣は両手をあげたジャッシュの首筋に冷たい感触を伝え続けていた。
 風が吹きぬけ、ジャッシュの黒髪とメルカードの毛、ビシュタルトの白衣、それに女性の銀髪を揺らしたが、誰一人動きはしなかった。
 たっぷり三十秒はあったであろう沈黙の後、女性は低い声で誰にともなく呟いた。
「………何事?」
(それはオレが訊きたいわ―――――っ!!)
 ジャッシュはそう叫びたかったが、首に剣を突きつけられていてはそれも叶うことがなかった。





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背景:空色地図 -Sorairo no Chizu-





©akihiko wataragi&reina miturugi