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2.類友の法則−3 

メルカードとビシュタルトと分かれたジャッシュは鼻歌を歌いながらレンガの道を歩いていた。先ほど通った道なのに、景色が違って見える。一人で歩くこの道は、さっきの二人といたときより、数段美しく、空気が澄んでいるように感じられた。こころなしか体も軽く思える。
(ああ、オレ今ならスキップで空飛べるかも…!!)
 あまりにもご機嫌な彼に、道行く人々は不審そうに道を開けるが、それすらも気づかないほど今のジャッシュは有頂天だった。こんなに自由を感じたのは久しぶりな気がする。奴らと会ってまだ二日しかたってないけど。
 綺麗に舗装されたレンガ通りを行くこと5分。広場からそう遠くない建物の前でジャッシュは足を止めた。この町の他の建物と同じログハウスのような造りをしたその家には看板が掛けられている。リー=ヴァルロス一家御用達の細工屋だ。
 このレビアスは、何故かヴァルロスが絶大な支配力を持つ自由都市シャイルスとの姉妹都市である。しかし、だからそのような店があるのかというとそうではない。アスライトの八百屋のように、だいたいどんな町にいってもこのような御用達の店があるのが、ヴァルロス一家のすごいところだ。幅広く…というよりは所構わず密輸をやっているということである。
「よお、おやっさんっ!!」
 かららん、とドアについたベルを揺らしながら店内に入ると、カウンターに座っていたおじさんは、手元にある彫りかけのうさぎからナイフを離し、ジャッシュを見た。こちらが誰だか気づくと、一気に破顔する。
「おお、ジャッシュじゃねぇか!久しぶりだな!!今日は一人かい?ヴァルロスはどうしたよ?」
「いや…オレ船もらって独立させてもらえたんだ」
 へへ、と頭を掻くジャッシュに、おじさんは目を丸くした。
「なにぃ、お前がぁ!?…ったく何考えてんだかなぁあのおやじ…こんなお人よし一人にすると危険きわまりねぇっての…」
 彼はぶつぶつ呟いていたが、ぽけっとしているジャッシュに気づき、すぐに笑いかけてきた。
「しかしめでたいことには変わりねぇよな…よしっ!今日は祝いにサービスしてやるよ」
「ええ!?いいのかおやっさん!!」
「ああ、気兼ねせずに好きなもん買ってけよ〜!安くしといてやるからさ」
「ありがとう!!」
 おじさんの暖かい言葉に、人情って素晴らしいよな…としみじみ思いつつ、ジャッシュは店内を見て回ろうと向きを変えかけ…ぴたりと動きを止めた。一瞬、視界に気になるものが過ぎったのだ。
「………」
 向かおうとしていた方から、その気になったものの方へと足を向ける。おそるおそるといった感じで壁に近づくと、そこに掛けられていたものを覗き込んだ。
「ん?どうかしたか?」
 店のおじさんがジャッシュの様子に気づき、彼の視線の先を見て、ああ、と呟く。
 ジャッシュの見つめる先、壁に掛かっているのは店の掲示板だった。そこには数枚の紙が貼られていたが、ジャッシュはその中の一枚を食い入るように見つめていたのだ。
 じぃっとそれを見つめるジャッシュに、おじさんののほほんとした声が掛けられる。
「それなぁ〜、今朝王国騎士団が持ってきたんだよ。貼ってくれってな。いわゆる、指名手配書ってやつだ」
「…ふ、ふ〜ん…」
 たしかにその紙には大きくWANTEDの文字が記されていた。それはまあいい。問題なのはそこに描かれている似顔絵だ。
 そこには二人の似顔絵が描かれていた。一人はどことなくお人よしそうな、悪く言えばどことなくへたれてそうな、地味な黒髪の青年。もう一人は頭にバンダナを巻いた、少し生意気そうな表情の白い毛並みの獣人。
(…これって…もしかしなくてもオレとあいつ…?)
 微妙に人相が悪そうに描かれているが、紛れもなく紙面の人物は自分であると思える。それくらい手配書の黒髪の青年はジャッシュによく似ていた。獣人の方については「彼」以外見たことないので、個別判断ができるかどうかは自信なかったが、それでも間違いなく「彼」だろう。
(…で、でも何で…?)
 ジャッシュは似顔絵の下に記された罪状を見て固まった。そこには「サー=グラント=ビシュタルト子爵誘拐」とでかでかと書かれていたのだ。
(………)
 完全に石になったジャッシュに、おじさんの笑い声が降ってくる。
「しっかしその謀反を起こした女剣士も謎だが、誘拐犯の二人組みはもっと謎だよなぁ。ビシュタルト子爵ってじいさんなんだろ?身代金目的じゃないみたいだし、じいさん誘拐して何したいんだかなぁ〜?」
「いや…本当に…何したいんだろうな…」
(オレもあのじいさんが何をしたいのか知りたいよ…)
 ははは、と優雅にティーカップを傾ける、勝手に付いてきているじじいを思い浮かべ、ジャッシュは固まったままの口の端を、なんとか引きつるようにあげて見せた。
 すると苦笑を浮かべていたおじさんがふと口をつぐんだ。壁に掛かる手配書とジャッシュの顔を見比べ、眉をひそめる。
「…ん?よく見るとその手配書の男、お前にそっくりじゃねぇか?」
(ひ――――――っ!!)
 ジャッシュは体中からどっと冷や汗が吹き出るのを感じた。しかしおじさんは次の瞬間にはあっけらかんとして笑った。
「な〜んてな。んなわけねぇよな、お人よしのお前に限ってそんなことあるわけねぇか」
「あ、ああ、うん、そうそう!も〜何言ってんだよおやっさん〜!!」
 ジャッシュはそう言ったが、完全に声が裏返っているのが自分でも分かった。しかしおじさんはそんな不自然極まりないジャッシュの言葉に、うんうん、と相槌を打つ。
「ははは、からかっただけだって!しかし相変わらずからかいがいあるよなぁ、そんなに焦ってさ」
 ジャッシュはこのときばかりは“からかいがいのある自分”というものに感謝した。
「そもそもそんな奴らがレビアスに来るわけがない。ここの治安維持はトップレベルだしな」
(そうだった…!!)
 治安維持レベルの高さが高ければ高いほど良いというのは一般人のことである。犯罪者において…しかも指名手配犯になるとそれは高いほど命取りになるのだ。これまでもジャッシュは密輸商人の一味であったのだから、犯罪者といえば犯罪者であるし、捕まる心配は全くないという立場ではなかった。しかし下っ端な上、役人に顔を知られてもいなかったので、治安維持レベルの高い町は一般市民同様に、安心できる方だったのだ。しかし指名手配犯となるとそうはいかない。ここはなんとかごまかせた(?)が、このレビアスにいる限り、すぐに誘拐犯としてお縄につくことになるだろう。
(いやだ、まだオレは22歳なのに…!いや何よりそれじゃ親分たちに顔向けできねぇ…!)
 一刻も早くこの町から出なければ。
 ジャッシュはぎこちない笑みをカウンターのおじさんへと向けた。
「あ、あのなおやっさん…オレ急用思い出したからまた今度来るわ…」
 我ながら怪しい言い訳である。案の定、おじさんも不思議そうな顔をした。
「なんだ急に。どうかしたのか?」
「う、うん、本当に急なんだけどさ…えっと、なんていうか…オレ、一刻も早くあっちへ行かなきゃいけない気がしてっ!!」
(電波かオレは…!?)
 あらぬ方向を指差しながら叫びつつ、ジャッシュは自分の究極の嘘のへたさに心の中で涙した。これじゃあ怪しさにますます拍車がかかっただけのことである。
 しかしこの不自然極まりない言動に、おじさんは一瞬あっけにとられたが、すぐに肩を落として頷いた。
「そうか、それは残念だなぁ」
(………っ!!)
 こんな言い訳が通ってしまうのは、やはり相手があの親分の知り合いだからだろうか。
(いや、もしかしてオレの方が親分の弟子だからなぁ、とか思われてるんじゃ…?)
 そしておじさんの浮かべている苦笑を見るに、後者の考えの方が正しいことを思い知らされ、ジャッシュはかなりブルーになった。
 しかしこの場では助かることには変わりない。ジャッシュはついでとばかりに掲示板に張られている問題の手配書を指差した。
「で、あのっ、折り入って頼みがあるんだけどさ!!コレ、もらえねぇかな?」
「は?」
 おじさんは今度こそ目を丸くした。
「また何で?賞金稼ぎでもする気か?」
「え?いやいや、そうじゃないけどさ…」
 ただあまりこういう…自分の指名手配書を張っておいて欲しくないだけだ。やはりこういうものは張られれば張られるだけ捕まる率も高くなるものだろう。しかしそれを正直に言うわけにはいかない。ジャッシュはあたふたと思いつくままに口を開いた。
「え〜あ〜…ほ、ほら、こいつオレに似てるから記念に、と思ってさっ!!」
「………」
 黙りこむおじさんに、ジャッシュはだらだらと冷や汗を流す。
「い、いや、別にどうしてもってわけじゃないから駄目ならいいんだぜ、うん!!」
 さすがにこれはまずいか、と慌てて言い繕おうとすると、おじさんはぷ、と吹き出した。
「くくく…はははははは!お前ほんっとにあいつに似てきたなぁ!自分そっくりのものがあると何でも喜ぶんだから!!」
 しっかし指名手配犯でも嬉しいとはねぇ、と爆笑するおじさんに、ジャッシュもははは、とひきつり笑いを浮かべながら、どこかむなしいものを感じていた。
 このむなしさは尊敬する自分の親分であるヴァルロスが遠まわしにバカにされていることに対してなのか、それとも自分がそれにそっくりだと認識されたことに対してなのか、ジャッシュには分からなかった。
「いいよいいよ持ってきな!!そんでヴァルロスの奴に自慢してやれよ!!」
「…ありがと…」
 ぷくく、といまだ笑いが収まらずに涙をぬぐっているおじさんに、ジャッシュは複雑な気持ちで礼を言うと、手配書を掲示板から外してくるくると巻いた。
「そっちのねぇさんのはいいのかい?」
「え?」
 おじさんに言われて、ジャッシュはそこで初めて隣に張られていた紙を見た。それにも大きくWANTEDの文字が躍っている。今まで自分たちのことで他の紙など目に入っていなかったジャッシュはそれを覗き込んだ。
 そこに描かれている似顔絵は一つだけだった。まっすぐな銀髪を肩のあたりで切り揃えた女性。ダークブルーの瞳は切れ長で、かなりの美女と見て取れる。
「…反逆罪…ランスロット=シャルナーク…」
 記されている文字をぽつりと口にすると、おじさんの楽しげな声が聞こえてくる。
「すげぇ報奨金だろ、そいつ。なんでもあの王国特殊部隊に在籍してた女らしいからな。今頃賞金稼ぎが血眼になって探してるぜ?」
「へ〜…」
 ジャッシュはしげしげとその似顔絵を眺めたが、特に覚えのない女だった。
「…こっちはいいや。オレ賞金稼ぎじゃねぇし。…もしそうだとしてもなんか勝てる気がしねぇし」
「はははは、いい判断だな!」
 頷くおじさんに、ジャッシュは手配書を腰のベルトに挟みながら、店の出入り口の方へと踵を返した。
「じゃ、オレそろそろ行くわ。またくるぜ、おやっさん!」
「おう、またな!」
 ジャッシュはおじさんに笑顔で手を振り、店を出た。かららん、と来た時と同じベルの音を立てて扉を閉め…次の瞬間、彼は必死の形相で走り出した。
 早く、一刻も早くケモノとじじいを回収してこの町から出なければ。





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背景:空色地図 -Sorairo no Chizu-







©akihiko wataragi&reina miturugi