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2.類友の法則−2 

「きをくれ!!」
 どこまでも続く透き通った青。眼下に流れる緑の地。
 船の舵をとりながら悠々と空の旅を楽しんでいたジャッシュは、いきなりコックピットに飛び込んでくるなりそう叫んだケモノに口をぽかんと開けた。
「…は?」
 きをくれ。気後れ?誰が?オレが!?何に!?つーかオレ何かしたか!?
 いきなりの言いがかりとも取れる発言に、ジャッシュは軽く混乱しながら、おそるおそる聞き返した。
「…え?今なんて?」
「だからっ!木をくれって言ってんだよ!木っ!!」
「あぁ、なんだ…木ね…」
 ケンカを売られたわけじゃなかったのか…と内心ほっと胸を撫で下ろしたが、すぐにん?と眉根を寄せる。
「…なんで木なんかいるんだよ?」
「そんなのオレの相棒を直すために決まってんだろっ!!」
 相棒というのは彼の複葉機のことだろう。
「あ、なるほどな…って…」
(…木造だったの…!?)
 一般的に木造の飛空艇もなくはない。なくはないが、それは本当に短距離…隣町までの郵便物の運送などにしか使われないし、少なくとも上と下を結ぶ飛空挺には存在しない。
(上は下ほど科学が発達してないとは聞いてたけど…)
 とはいえよくもまぁそんなもので空を飛ぼうと思ったものだ。バカというべきか、勇者というべきか。
「な、なんだよ、じろじろみるなよなっ!!」
「え?あ、悪い」
 思わずじーっと見つめてしまったジャッシュは、メルカードに言われて素直に謝った。
(まぁ、なんにせよ自分の船が直ったらこの船から降りてくれるんだよな…?)
 出会ったばかりとはいえメルカードのトラブルにつっこむ危うさは出会った時にしっかりと感じさせられていたジャッシュはそう希望を持ったが、そんな思惑など知らないメルカードは、愛機を直そうと頑張っていたのだろう、黒ずんだ右手をジャッシュに突き出す。
「だから木をくれよ」
「いや、くれって言われてもそんなもん積んでねーよ」
「なんだと!?なんで積んでないんだ!?予備の材料積んどくのって基本だろ!?」
「そりゃこの船のは積んでるけどさ、この船木じゃないもん。そういうお前は積んでなかったのかよ?」
「そんな重いもん乗せて飛べるかっ!!」
「…お前な…」
 メルカードの勝手な言い分にジャッシュは少しばかり頭痛を感じた。
(だけど正しい判断…かもしれないよなぁ…)
 木造の飛空挺に人が一人乗って飛んだだけでも大したものだ。たしかに余分なものなど乗せる余裕はないだろう。
(…つーかそれでどうやって旅する気だったんだろうなぁ…)
 それも気になるが、今気にすべきはそこではない。
「じゃあ木はないってことか!?」
「少なくともこの船にはな…」
 ジャッシュは曖昧にそう答えながら舵をとる。
 そう、たしかにこの船には木はないのだ。だけど。
(だけど木がないってことはメルの船が直らないってことで…で、直らないとなるときっとってゆーか絶対このまま寄生されるよなぁ…)
 それは出来るなら避けたい。だってどう考えてもトラブルメイカーだし。
「う〜ん…どこかで調達するしかないか…」
寄り道になるが仕方ない。ジャッシュは一つため息をつくと、備え付けてあった地図を開いた。
「ええと…ここらへんだと近いのはレビアスか…ザミールはちょっと田舎だしなぁ。レビアスにするかぁ、あそこなら問題なさそうだし」
「レビアス?なんだそりゃ?そこに木があるのか?」
 メルカードがジャッシュの後ろから地図を覗き込んでくる。ジャッシュはその手にひょいと地図を押し付けると、船の進路方向を微妙に変えた。
「少し辺境になるけど、そこそこ大きな都市だよ。このあたりだと一番大きいはずだぜ。治安もしっかりしてるし。近くに森が広がってるから、木材には困らねぇだろ。特産品も木工の細工物だしな」
「うむ。それにあそこは紅茶においては名高いな」
「「うわぁっ!?」」
 いきなり会話に紛れ込んだ声に二人そろって振り向くと、いつの間にやらビシュタルトが後部座席でくつろいでいた。
「いつわいて出た―――っ!!」
「ぜんぜん気づかなかった…」
 全身の毛を逆立てて叫ぶメルカードの隣でジャッシュがばくばくしている胸を抑える。そんな二人の様子にビシュタルトはむぅ、と呟きこめかみを押さえた。
「これも科学のなせる業ということか…」
「意味わかんねぇよっ!!」
「うむ…またそれも真理だな…真に偉大なものとはそういうものかもしれん…」
「はぁ!?」
(…もう好きにしてくれ…)
 あまりにも噛みあわない獣人と変人の会話にどっと疲れがわいてきたのを感じながら、ジャッシュは盛大なため息とともに握っていた操縦桿を倒した。
(とにかく早く木材を手に入れよう…そうすりゃメルの方は出てってくれるだろうし、爺さんの方は…あとで考えよう…)
 少しも意味をなさない言い合いが繰り広げられる背後をよそに、ジャッシュの見つめる窓の向こうには、緑の大地とそこを流れる大きな川、そしてその中にぽつんと存在する都市がだんだんと大きくなってきていた。


 レビアスは国の辺境に位置する都市である。
 都市といっても森に囲まれているために交通の便はおせじにも良いとはいえず、そのため商業がさかんな都市ではない。また研究所や工場などもなく、科学の点においてもとても発達しているとはいえない。
 それでもこの都市は人の集まる都市だった。豊かな森と水に囲まれたレビアスは、美しい町並みとその環境から、避暑や観光の地として有名だったのだ。
 そしてこの町はそのような目的で来た人々を十分に満足させうるものであった。
 広く作られた道はレンガで綺麗に舗装されており、道のあちこちにある花壇では季節の花々が人々の目を楽しませていた。メインストリートの中心には小さいながらも川が流れ、水が眩しく光を反射しており、丸太を組んだログハウスのような造りをした家々は整然と立ち並んでいる。
 人と自然が調和する、完璧に整備された町だった。
「お〜すげ〜!!ここも人間がいっぱいだなぁ―――っ!!」
 そんなレビアスの町並みを、飛空挺を(一応密輸船なので)森のそばに隠したジャッシュとメルカード、そしてビシュタルトの3人は歩いていた。オレは田舎者だと宣言せんばかりのメルカードの感嘆の叫びに、ビシュタルトがひげをなでながら感心したように頷く。
「うむ、見事な町並みだ…一度来てみたいとは思っていたが…見るがいい、足元のレンガ模様も素晴らしいぞ」
「おお、すげ〜!!なんだなんだ?地面が土じゃねぇっ!!」
「…メル…模様とかいうレベルじゃないんだな…」
 ジャッシュの呟きなど聞こえていないメルカードは、さかんにしっぽをぱたぱたと振りながらきょろきょろと周囲を見回している。
「うわ、すげー!何あれ!?お、なんだこりゃ!?なぁなぁ見ろよ、あそこ人間が群れてるぜ!!うわなんだあの建物―っ!!」
「ちょ…あんまりうろうろするなよ…!迷子になるぞ!!」
「そういえばこの町に来たからには、あの名高い噴水を一目は見ておかねばな…こっちか」
「おい爺さん、あんたまで!つーかどこから出したその観光マップ!!」
 それぞれが自分勝手に動くメルカードとビシュタルトの間で、ジャッシュはどうすべきか迷い、結局メルカードの腕を掴んで、ビシュタルトの後を追った。
(つーかオレ、幼児の引率者みたいじゃねぇか…?)
 しかも相手が幼児ではなく、いい年した少年と、かなり年上の爺さんである。その事実にジャッシュはなんだか悲しくなってきた。
(…なにやってんだかなぁオレ…)
「おおっ!?なんだありゃ!すげぇっ!!」
「………」
 しかもそんなことを考える暇すら与えてもらえないらしい。
 向かう先にメルカードが興味を示したらしく、いきなり走り出した。それに引っ張られるかたちでジャッシュも走るはめになる。
「おおっ!!」
「ほほう…これはこれは…」
 先を行っていたビシュタルトに追いつくのと、その広場に着くのは同時だった。広場に足を踏み入れるなり、さらに目を輝かせるメルカードの叫びと、ビシュタルトの感嘆のため息が重なる。
 レビアスの中心に創られたその広場は、美しい町並みの中でも特に有名な場所であった。
 広々したその場所は少し高台に作られており、まず眺めが良い。計算つくされた町の美しさを一望することができる。足元は町と同じように、色とりどりのレンガタイルで模様が描かれており、やはりここでも備え付けられた花壇には、華やかな色あいの花々が咲き誇っている。周囲を囲むように植えられた木々も手入れが行き届いており、広場の人々に憩いを与えていた。
 しかし何よりも目を奪うのは、広場の中心に存在する噴水だった。
 町を彩るレンガタイルによって組まれた水場の底には、浮遊大陸特産であるカラフルで透明な小さな石が敷きつめられていた。その石は澄んだ水を通しての光を受けてきらきらと色あざやかに輝いている。そんな水場の中央の台座には翼を広げた白い女神像が水がめを手に立っており、その手にした水がめからは水がとめどなく流れ出している。そして女神の台座の周囲からは細い水の帯が女神像を囲むように噴射され、それらの水は水場から四方へ伸びる水路を伝い、町へと流れていた。メインストリートに流れる川はこれなのだろう。
「噂に違わず見事な噴水だな…」
「すげーすげー!!こんなに水がふきだしてる泉みたことねぇ!!誰だあの有翼人!!」
「…あ、あのさメル…もう少し静かにしてくれねぇ?」
 きらきらと瞳を輝かせながら叫ぶ田舎者を、行きかう人々がくすくす笑いながら見ている。その目を気にしてジャッシュは言ったのだが、メルカードは気にしない性質なのかそれとも気づいていないのか、不満そうにしっぽを一つ、ぱたりと揺らした。
「なんでだよ、すげぇじゃねえかこれ!!」
「いや…まぁそうなんだけどさ…」
(あんたの“すげぇ”のポイントが人と少し…というか、かなりずれてるんだよ…)
「うむ…美しい科学の結晶だな…!」
(………)
 ご満悦の様子で噴水を眺めるじじぃにはもうつっこみたくもない。
「なぁ、下の大陸の泉ってのはみんなこんなんなのか?いろんなところから水が噴出したり、かめ持った有翼人が水入れてたりさ!!」
「………」
なんてバカな質問をなんて真顔で言うのだろうか。ジャッシュは本気でこの二人を置いてダッシュで逃げたい、と思ったが、頭を振ってその考えを追い払う。
(…違う違う、メルは悪くないんだ…これは文化に違いってやつで…!上のやつらはきっとみんなこうなんだよ、多分!!そんでオレも上に行ったら今のメルみたいに…いや、それはさすがにないか)
 実はジャッシュは自分の親分であるヴァルロスたちと一緒に上に行ったことがあった。その時の人々の様子などを思い出し、自分の思いつきを即座に否定する。獣人の町に行ったことはないが、それでもやっぱりメルは特殊なんじゃないだろうか。
「おい、聞いてんのか!?」
「あ、ああ」
 そのメルカードにぶすっとして言われ、ジャッシュは我に返った。先ほどのメルカードの質問を思い出し、答えてやる。
「いや、これは噴水っていって泉じゃねぇんだよ。自然にあるものじゃなくて、人間が創ったもので…」
「科学の力だな…!」
「………」
 挟まれたビシュタルトの言葉に、ジャッシュは黙り込む。珍しくその通りなのだが何故かとっても嫌になったのだ。
 ジャッシュは大魔法使いとして世間に知られるこの男が、実はただの科学マニアというかオタクというか…のじじいであることにはとうに気づいていた。そしてだいたいにおいてそういう奴は、その手のことを喋らせるとうっとうしいということも知っていた。
「へー!すげぇんだな、下の科学って!!」
 しっぽをぱたぱたさせながら噴水を見上げるメルカードに、ジャッシュはビシュタルトに向かって疑問に思ったことを口にする。
「上には噴水とかないのか?」
「いや、あるにはあるが、科学ではないな。クリスタルを使った装置だからな」
「ああ、魔科学ってやつか?」
「うむ。しかしあれは科学よりも魔法に近い。つまらん」
「…つまらんって…」
 失礼なじじいである。
「へぇ、オレは上にずっと住んでたけどみたことはなかったぞ!」
「ガランタ族ということは、出身はアッシュダリア大陸だろう?あそこは自然に生きる大陸だからな。魔科学とは縁がない。ルーフィサリア大陸のファン=ドラッドなどは魔科学の中心地として名高いが、アッシュダリア大陸とはまた遠いからな」
「そこには噴水があるのか?」
「うむ。ファン=ドラッドにもあるし、ルーフィサリア大陸であれば大きな都市にはあるだろう。とはいえ、私もここまで見事な噴水は初めて見たな。さすが科学…!」
 メルカードに片眼鏡を少し押さえながらそう答えるビシュタルトは、あきもせずにうっとりと噴水を見つめ続けている。それに一つため息を吐き、ジャッシュも噴水を見上げた。
「確かにここまで見事な噴水は下でも他にはないな。少なくともこの国では。まぁ、この噴水は創られた経緯がちょっと特別だし」
「特別?」
 ひげをぴくっとさせるメルカードに、ジャッシュは一つ頷く。
「ああ。なんでもここの都市長を務めるお館様ってのが病弱なんだ。で、あまりベッドから出ることも出来ないらしい。それでその方が寝室からでも楽しめるようにと、市民と、あとこの都市の姉妹都市になるのかな?とにかくなんか知らないけど仲が良いシャイルスって自由都市の都市長や市民が創ったんだってさ。人望厚い人なんだろうな」
 言いながらジャッシュは高台にあたるこの広場よりももう少し高い場所に建つ大きな館を見た。ここからは少し離れているが、この立派な噴水ならばあの館で常に療養中の貴族からでもしっかり見えるだろう。この広場で楽しそうに過ごす人々の様子も。
 そう説明したジャッシュに、ビシュタルトが感心したように髭をなでた。
「ほほう、お主はなかなか博学なのだな」
「え、いや…ほら、一応商人だからさ、うん。ただの受け売りだし」
 急にほめられて照れるジャッシュは、あたふたと続きを口にする。
「でも本当に立派だよなぁ!待ち合わせ場所にもよく使われるって話だけど納得…」
 ジャッシュはそこで一つ考えを思いついて言葉を切った。
(…そうだ、別にずっと3人一緒に動く必要なんかないよな…ばらばらに用を済ませた方が効率よくねぇ…?)
 なにより自分が余計なことで疲れない。
 ジャッシュはその考えによし、と呟くとさっきの言葉に続きをつけた。
「だから、オレたちもここで待ち合わせしようぜ!!」
「は?」
 いきなりの話の転換にきょとんとするメルカードに、ジャッシュは拳を握って力説する。
「ほら、メルは木を買いに行くんだよな!?で、オレもせっかくだから細工物仕入れておこうかと思ってさ!!で、じいさんは…」
「うむ、私も紅茶を手に入れたいところだな」
 ビシュタルトの言葉にジャッシュは嬉しそうに頷く。
「おう!つまりはみんな別々に用があるってことだ。ならそれぞれの用を済ませた方が早くねぇ?」
「そりゃそうだな。オレ紅茶とか興味ねぇし」
「うむ、なるほどな。良い手だ」
 あっさりと頷いた二人に、ジャッシュはよっしゃ〜!、と心の中で盛大にガッツポーズを決めた。
(やった、これでしばらく二人に振り回されなくてすむっ!!)
「よしっ!じゃあ三時間後ここに集合なっ!!」
「お、おう…」
「うむ」
 そう言ったジャッシュのあまりの満面の笑みにメルカードが訳もなくひるんだが、ビシュタルトは別段気にするでもなく頷き、もう一度うっとりと噴水を見上げた。





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背景:空色地図 -Sorairo no Chizu-







©akihiko wataragi&reina miturugi