一覧 戻る 進む


2.類友の法則−1 

 王都、ウィザーク=ガルド。その大都市を見下ろすようにそびえる王城には煌々と灯が灯り、その巨大な姿を夜の闇に浮かび上がらせていた。
 その王城の一室、広い城の中でも奥まった場所に位置する部屋に、二人の男がいた。
 一人は眼鏡をかけた中年の黒髪の男。
 そしてもう一人は長い金髪を一つに束ね、背に流した青年。
 二人はその部屋の正面に備え付けられている机に向かい、書類にペンを走らせていた。静寂の中に、ただ紙のめくられる音とペンが滑る音だけがひっきりなしに立てられている。
 二人はその動きを少しも留めることなく続けていたが、ふと、金髪の青年の方が手元から視線をあげた。カリ、とペンが紙をひっかく音を立てて止まる。その視線の先には青の火が揺れるランプのようなものがあった。真昼のように明るい室内にあっては意味を持たないであろうその火は、青年の目の前で唐突に、鮮やかに色を変えた。青から金へ。
「……」
 青年はそれに目を細めると、黒髪の男に向かって口を開いた。
「…お客様のようですよ?」
「…ん?」
 青年の言葉に、黒髪の男も動きを止める。青年はペンたてにペンを突っ込みながら、今度は隣に座る男に向けてではない言葉を紡ぐ。
「入室を許可します。…どうぞお入りなさい」
 途端、彼の机の上に置かれていた金の炎が大きく揺らめいた。大きく燃えさかったわけではない。ただ、風に吹かれて揺れるようにふわりと波打っただけだ。だがその一瞬、部屋の中が金色に染まったように思えた。しかしそれは本当に一瞬だった。錯覚としか思えないほどに。だが。
「失礼いたします」
 部屋の中心に一人の男が立っていた。
 黒髪に黒い瞳の、長身の若者だった。金の腕章をつけたその男は、部屋の主たちに向かって型にはまったようなきっちりした礼をとった。
「…“指揮者(コンダクター)”か」
「用件をお伺いいたしましょう」
 唐突に現れたその男に部屋の主たちは驚きもせずにそう言った。
「ご報告を」
 短く返された応えに、眼鏡の男は目を細めた。机の上で手を組み、椅子の背にもたれかかる。
「――あまり良くない報告は聞きたくないものだがね…聞こう」
 その言葉に、腕章をつけた男は特に感情を動かした様子もなく、淡々と言葉を紡ぎだす。
「簡潔に申し上げますと、計画に進展はございません。『石』、『神子』、双方ともに手がかりなし。捜索を続けております」
「――?『神子』については有力な情報が入ったと言ってはいませんでしたか?」
 眉根を寄せる金髪の青年に、黒髪の若者は表情を変えることなく答える。
「浮遊大陸アイリシア秘境フェザーリアには“狂戦士(バーサーカー)”を向かわせましたが、それらしき者はいなかったとの報告を受けております」
「ふん…デマか」
「やはりそう簡単に見つかるような者ではない、ということですか…それで、その村は?」
「“狂戦士(バーサーカー)”が消去いたしました」
 そっけなく述べられた事実に、二人は当然とばかりに頷く。
「フェザーリアの他にも上下合わせて新たに3の村が消滅いたしました。ただ『神子』捜索の任に当たっている部隊員のうちの一人、“指導者(リーダー)”の部隊が王国東部ザミールにてほぼ壊滅いたしました」
「「何!?」」
 二人は目を見開き、少しばかり身を乗り出した。
 この計画に関わっている特殊部隊はその名の通り、特殊な任務を遂行するために結成された、王国でもよりすぐりの戦士を集めた精鋭部隊である。その者が率いる部隊が壊滅など、とても考えられることではなかった。
「それはどういうことです!?村による抵抗のためですか!?」
「いや、それはありえん。ザミールは小さな村だ。軍隊などあるわけもないし、自警団もたかが知れているだろう。例えあったとしても“指導者(リーダー)”が指揮する軍に敗北などあるはずもない。奴は部隊の中でもトップの指導力の持ち主だぞ」
「では何故!?」
 金髪の青年の叩きつけるような問いに、今まで少しも表情を変えなかった黒髪の若者…特殊部隊トップ“指揮者(コンダクター)”は心なしかほんのわずかに顔を顰めたように見えた。
「…“指導者(リーダー)”の報告によりますと“戦乙女(ヴァルキリー)”によるものである、とのことです」
「…何?」
「それは…」
 顔を見合わせる部屋の主たちに“指揮者(コンダクター)”は続ける。
「“戦乙女(ヴァルキリー)”は特殊部隊の腕章と王国騎士団のマントを燃やし、刃を向けた、と」
「…つまりそれは」
「ええ。まぎれもない、反逆ということになりますね」
 眼鏡を押し上げる相棒に、金髪の青年は机の上で拳を握った。それを気にもとめず、いや見方によっては遮るように、“指揮者(コンダクター)”は淡々と報告の続きを口にする。
「ザミールの消去はそこから最も近い地で『石』探索の任に当たっていた“抹消者(イレイザー)”が引き継ぎました。よってザミルの消去も完了しております。“抹消者(イレイザー)”はそのまま“指導者(リーダー)”に代わり、『神子』探索の任にあたっております。またその『石』についてですが“魔導師(マジシャン)”から報告が」
「何だ?」
「一度発見したが、目の前で消え去ったと。その際特殊魔術の一つ、召喚術の波動を感知したとのことです」
「召喚術だと…?」
「そうであるならば、『石』の召喚に成功したものがいるということになりますね…『石』は持ち主を選ぶ。その召喚士が『石』に認められると面倒なことに…」
 眉を顰める金髪の青年に、眼鏡の男はいや、と首を振った。
「逆に捜しやすくなったとも考えられるぞ。今までは何一つ手がかりがなかったのだ。しかし報告の通りだと、召喚士をしらみつぶしにしていけば良いだけのこと。召喚士は多くない。見つけるのも時間の問題となるのではないか」
「しかし『石』の『所有者』になっていたらどうするのですか?」
「消せばいい」
 さらりと言った男に、青年は軽くため息をつく。
「それはそうですけれどね。『石』の力を持つものを消すことはそう容易ではないと思いますよ…まぁいいでしょう。それよりも“指揮者(コンダクター)”…『石』と『神子』の探索と力の解明に加わるはずの『賢者』はどうなっているのです?」
「『賢者』の確保の任に当たっている“守護者(ガーディアン)”の報告によりますと、『賢者』は自宅に不在。後にアスライトで発見されましたが、その地にて人間と獣人の二人組みに誘拐されたとのことです」
「誘拐、だと…?」
「その際『賢者』は訳の分からないことを言っていた、おそらく誘拐した二人組みから何らかの情報操作を行われている可能性が高い、との報告を受けております」
「…ふざけたまねを…!」
 怒りで顔を紅潮させる眼鏡の男の隣で、金髪の青年は対称的に眉をひそめ、口元に手を当てる。
「…それよりその二人組みが何の目的でそのようなことをしたのかが気になりますね…もしや我々の知らないところで我々と同じ目的で動く輩が…?」
 彼は少し考え込むと、“指揮者(コンダクター)”へと目を向けた。
「その誘拐犯の身元は割れているのですか?」
「いえ。人間と獣人、どちらも身元不明です。こちらにデータが回るような大物ではないかと。しかし面は“守護者(ガーディアン)”の部隊の者が確認済みです」
「そうですか…」
 金髪の青年はそう言ったまま少し俯いて口を閉ざした。眼鏡の男も“指揮者(コンダクター)”も何も言わない。二人とも青年の次の言葉をただ待っている。部屋には静寂が満ちた。
「―――新たな任務を与えます」
 しばらくして顔を上げた金髪の青年に、“指揮者(コンダクター)”はすっと頭を垂れた。
「“戦乙女(ヴァルキリー)”…ランスロット=シャルナークを隊から除名、王国への反逆者として手配し、逮捕するように。また『賢者』グラント=ビシュタルトを誘拐した二人組みも誘拐犯として同様に。特殊部隊、王国騎士団、そして各地の自警団全ての登用を許可する。生死は問わない。早急に成果を出すように。もちろん『石』および『神子』の探索も続行すること」
「――かしこまりました」
 “指揮者(コンダクター)”は型にはまったような礼を取ると、次の瞬間にはそこから消えていた。
 金髪の青年の机に灯るランプの炎は青く輝いていた。






一覧 戻る 進む
背景:空色地図 -Sorairo no Chizu-







©akihiko wataragi&reina miturugi