プロローグ
ティアラ
煙がもうもうと立ちこめた後、ちょうど魔法陣の中心からばーっと吹き消されるように煙は散らばる。
召喚。それは、この世の「何か」を手元に呼び寄せる魔術であり、またこの世ではない世界の「何か」を呼び寄せる魔術である。対象が人などの意志のあるものであることもあり、意志のないものであることもある。ただ、一ついえるのは、ある程度の魔力を帯びた物、または魔力をもった者以外は呼び出せない。そして、完全な召喚術というのは、呼び出した者を支配下におく、または契約を結んで協力させることができてこその術だ。だから、術者が未熟にもかかわらず、大それた相手を呼び出そうとしてはならない。身の程をわきまえぬ者には、制裁が下ることがある。
「よーしっ! もうちょっと!」
赤毛のくるっとした巻き毛の少女が、歓声をあげた。魔法陣の中心から、今度は稲妻が飛び出る。
「今日こそ、ミメリス先生に褒められてもらうのよ! ティアラ!」
隣にいる友人達がはやし立てた。
「うん! あたし頑張る!」
ティアラと呼ばれた少女は本気だ。本気だが、何となくぼんやりした顔はそのままなので、本人がどれだけ必死でも、あまり努力が外に見えない。
彼女たちは、いわゆる「召喚士」の卵である。召喚士は、この浮遊大陸アイリシアの辺境の隠れ里のリンディア村でそっと続けられてきた魔術である。代々、このリンディアの召喚士達が弟子をとり、弟子達にその力を継がせる形で伝えていくのである。召喚士には女性が多いのであるが、おそらく女性の方が適正がある場合があるということである。
ばーっと大きな音が鳴り、もう一度煙が中央から吹き出す。
ティアラは魔法の言葉を一言二言呟くと、さっと持ったステッキを振るった。
「盟約によりて出でよ〜! 我が前に〜!」
本当は語尾をのばすと怒られるのだが、その辺りをティアラはどうしても直せない。どうも癖らしい。
ばっと光が散る。魔法陣の上から煙が吹き飛ばされ、ごうっと風が吹き出した。そして、風がやんだ途端、場は静まりかえり、煙がはれた魔法陣が現れる。
「あれっ?」
ティアラは素っ頓狂な声をあげて、目をこすってみる。だが、開いても目の前に見えた現実は変わらない。
「えっ! 何にもでてなーい!」
がばりと地面を伏せて、何かないか見てみるが、そこに召喚されたものらしき物体は何もない。
「ええ! 何で、何も出てこないの! 頑張ったのに!」
ティアラは、魔法陣の上を手でさらったが、そこには本当に何も出てこなかった。
「…何も出てこない…」
「今日もだめだったのね、ティアラ。まだチャンスはあるわよ。」
級友達は慰めの言葉を告げながらも、終わったことには冷淡である。彼女達は、すでにティアラから興味の対象が映ってしまっているようだ。
「ティアラ〜、先に行くよ。」
「次の授業遅れたらまずいし。」
「えっ! ちょっとみんな!」
ティアラは焦って起きあがるが、すでに級友達は建物の外である。
「えーっ、みんな、ちょっと待ってえ!」
慌てて走り出そうとしてティアラは不意に気づいた。足下に何かきらりとひかるものが転がっている。
「何かしら。これ。」
ティアラはそれをつまみ上げた。それは青い青い深い色の宝石だった。のぞき込めば、なぜかそこに吸い込まれそうな気さえする。
なんだろう。ティアラはそれをひっくり返してみるが、台座にも特に何もかかれていない。
「誰かの忘れ物かなあ。でも、こんな綺麗な物誰かが持ってるの、見たことないし。」
ティアラは小首を傾げて、まじまじともう一度宝石を眺めた。ペンダント風になっているそれは、ふらりと揺れた。
「ティアラ! もうおいてくよー!」
友人の声がして、ティアラは我に返った。
「はあい! すぐ行くよ〜!」
おいて行かれるとまずい。ティアラは、慌てて宝石をポケットに押し込んだ。ここに来るのは、ハルドーラの生徒たちだけだ。だったら、落とし主も絶対に生徒の中にいるはずである。
(あとでみんなにきいてみよう!)
ティアラはそう思い、すでにおいて行きかけている友人達に追いつこうと足を速めた。
――ポケットの宝石が、まさか自分が「召喚」したものであるとは気づくこともなく…
リンディアには、ミメリス=ハルドーラという召喚士がいる。彼女は知る人ぞ知る有名な召喚士で、金色の髪に緑の目をした年増の美人だが、なによりひたすらやる気のない女でもある。彼女は色々な上級召喚獣を呼び出して使役したという事で有名である。たとえば、炎の魔王と呼ばれる炎の精霊や、大昔の英雄であるジェライアン=ヴァルロス。ここの召喚士達が伝説としてきき知っている名前がそこには並んでいる。そして、ここの召喚士の卵達を教えているのはハルドーラであるが、やる気がないながらに、彼女の教育はなかなかうまくいっていた。
ただ、今回の対応が正しいのかどうかはよくわからない。
「うわー、壮観だねえ。あたし、こんな火、召喚獣以外で初めて見たよ。」
バルコニーに置いたロッキングチェアーに腰掛けて、ぼさぼさ髪の金髪の女はワイングラスを不作法に取った。その中には赤ワインが並々つがれている。女があまりにも乱暴にそれを扱うので、時々地面にこぼれてしまっている。
「あー、たまには、これでワインってのも一興だね。」
「ミメリス先生〜!」
半泣きのティアラが、そんな女にしがみついた。
「うわあ〜ん、先生! あたしどうすればいいでしょう! 村が燃え尽きます!」
と、くるりと巻いた赤毛をポニーテールにした、焦げ茶色の瞳の少女が彼女に泣きついた。ミメリス=ハルドーラは仕方がなく、彼女の方に目をやる。少しぼーっとした感じだが、全体的に何となくかわいらしい顔の少女は、めそめそと涙を拭いている。
「だって、ラットーラを出す予定が、こんなでっかいのがでたんでしょ? くじ引きで当たりひくようなもんだし、運命じゃない。」
「そんな、ひどいですよ! 先生!」
「召喚術ってのは、くじ引きと一緒よ、一緒。あたしも、たまに想定外の奴が出て追い返したりするもん。初めての成功なんだから、何がでてもおかしくはないんだけど、でも出たのがちょっと強すぎたわよね。で、あんた、ホントにコントロールできないの?」
「はい〜。全然です。」
ティアラは、仕方がなく顔を上げた。視線の先には、炎を吐いて回る家の二倍はありそうな巨大で赤いドラゴンが歩き回っている。とげとげした背中と、ごつい顔。凶暴な目には、リンディアの小さなかやぶき屋根が映っている。
「…ま、けが人もいないし、大丈夫よ。」
「でも、暴れてますよ。」
ティアラは、くすん、と鼻を鳴らした。
村がこうして燃え上がっているには、実はティアラと深い関係がある。
あの宝石を拾って、周りに聞き回ったのだが、誰もあれの持ち主はいなかった。ハルドーラに訊いたところ「あんたが拾ったんだし、つけてても罰あたんないよ。」という無責任な答えが返ってきた。その答えを真に受けて、ティアラはそれをペンダントに加工してアクセサリーとしてつけていたのだが。
――その後である。今まで成功しなかった。召喚術が成功したのは。
ただ、出たのは、ねらっていた子ネズミの小さい召喚獣ではなく、何をどう間違えたのか巨大なドラゴンだった。
「わあっ! ドラゴンが出た!」
想定外とはいえ、竜族は、召喚獣としてはかなり上級の獣である。結果オーライということで、ティアラは喜んで、今までの苦労が報われたのね! と、級友達と盛り上がっていた。
普通、召喚獣にはいろいろなタイプがある。一つは、特に知性のある召喚獣(精霊、人、竜を中心とした)を呼び出した場合は、大体最初に契約を交わす。そうしておけば、彼らは相互に助け合い、必要なときに拒否もせずに出てきてくれるようになるのである。二つ目は、契約ができないほど相性が悪い、または相手が凶暴な場合である。その場合は、召喚者の力によって押さえつけて、支配しなければならない。そうして、初めて彼らは言うことをきいてくれるようになる。もちろん、この時に失敗すれば召喚士の命に関わることもあるのだ。
そして、運悪く、この時は、たまたま、知性的ではない方の凶暴な竜が出てしまったのだった。まだヒヨコのティアラの力で押さえつけられるはずもなく、ドラゴンは突然暴れ出したのだ。
そして、村を焼きながら、暴れ回るに至る。もっとも、下級の召喚獣が村で暴れるのはしょっちゅうなので、皆もすぐに避難して大事には至っていないが。それにしても、今回は……。
「あいつ、頭悪いのに、なかなか強いドラゴンだね。村の召喚士連中の召喚獣より強いわ。あれ。」
「ええ! そんなっ! 先生! 先生の召喚獣でやっつけられないんですか?」
ハルドーラは無気力にワインをつぎ、ごっくんと喉を鳴らして飲んだ。
「えー? 何? あたしに止めろっていうの?」
ティアラはこくりと深くうなずく。しかし、ハルドーラは冷静だ。
「あれ、多分無理。あのドラゴンより強くて、あたしがすぐに呼び出せるんは、炎の魔王だから、炎のドラゴンにはきかないもの。」
「そ、そんなあ!」
ティアラは、絶望的な声をあげた。
「た、大変なことになったな、ティアラ。」
後ろにいた男が慰めるように彼女にいった。
「で、でも大丈夫だ! みんな避難してるし、家を壊されるのは我ら召喚士の宿命だからな。自分を責めてはいけないぞ。」
今度は横にいる青年が、
「カラットさん、ベルータさん。」
ぐす、と鼻をすすりながら、ティアラは二人を見る。
「しかし、これからどうする? ベルータ。ハルドーラ様以外で何かいい召喚獣をもってたやつはいなかったか?」
カラットが訊いた。
「だが、あのドラゴンに匹敵するクラスの召喚獣はそういないんだ!」
「そ、そうだな、まず、竜族でもあれほどの力のレベルは、伝説的な昔の召喚士のみなさましか召喚できていなかったし…。」
「あと、他にないか。人間でも、獣でも、精霊でも、怪物でもいいからこの際!」
「獣は色々いるが、支配に時間がかかるっていうし…。ある程度の知性のある召喚獣は、契約するとき大変らしいし、これ以上暴れられたらもう終わりだし…」
「なんか、召喚さえすれば気軽に契約してくれる奴はいないのか? というか、この村でかつて召喚されて、契約されてそうなのは!」
「とはいえ、オレ達の契約している連中じゃ間に合うわけもないし。村で判明している呼び出されリストに入ってる召喚獣の中であれに勝てそうなのは、ハルドーラ様が呼び出したという剣聖のジェライアン=ヴァルロスぐらいで…」
はっと、二人は顔を見合わせた。
「ジェライアン=ヴァルロス!」
歓喜に満ちた声で叫んだ二人は指をさしあうと、くるりとハルドーラのほうに向き直った。
「獣と違って元人間の召喚獣は、すぐに契約してくれると言いますよね!」
「それに、ヴァルロスは言い伝えでは、召喚獣としては異様な気さくさの持ち主だとききますし! きっと、そうだと思うんです!」
「あんたら、なにがいいたいの?」
焦りながら言う二人に、ハルドーラは冷めた視線を向けた。
「ずばりお頼みします!」
彼らは声をそろえて頼み込むように言った。その目には、一抹の希望がきらきらと輝いている。
「あなたと契約している剣聖と呼ばれたジェライアン=ヴァルロスを召喚してください! それしかありませんよ! ハルドーラさん!」
「うーん…」
ハルドーラはワインを飲みながら、ぐしゃぐしゃと髪の毛をかいた。
「ごめん、あたしには多分むり〜。」
「は?」
「いやね、昔偶然呼び出したのはいいんだけど、あのおっさん、うっとうしいから契約せずに返しちゃった。だって、何しろでかいから横にいるだけで、視界が狭くなるっていうのがさー、ホント、うっとうしいんだもん。哀しみながらどこかに去っていったから、多分あたしが呼び出しても来てくれないよ。」
「うわあっ! あなたは、五十年ぶりに出てきてくれた剣聖になんて事するんですか!」
カラットが泣きそうになりながらハルドーラにしがみつくが、その手をすげなくはらって、彼女はワインをついで飲んだ。
「だってさ、あいつ、すうっごーくうっとうしいんだもん。あたし、そもそもあーゆーでかい男嫌い。炎の魔王はあれで本体は小さいからいいのよ。」
その言葉を聞いたとき、カラットは頭を抱え、天を呪って叫んだ。
「うわわあ! なんでこんな女に天は才能を与えたんだー!」
「あわわ、聞こえるぞ! 叫ぶんじゃない!」
「うるさいね〜。文句いうのも面倒だからいわないけどさあ。」
そういってハルドーラは眠そうにあくびをした。一部始終をきいていてなんとかなると思ったのに、そうでもなかったので、ティアラは急に泣き出した。
「わーっ、やっぱりあたしのせいだわ〜! ドラゴンがみんな燃やしちゃうんだわ〜!」
いきなりティアラが泣き出したので、カラットは慌てて取りなそうとした。
「あっ! ティアラを責めたんじゃないよ! 悪いのはむしろこの女で!」
「指さすな指を! 上級召喚獣を呼ばれて暗殺されるぞ!」
「あんたら、あたしをどー思ってるのよ?」
ハルドーラはちらっと彼らを見た。
「うーん、どうしたもんかねえ。」
よし、と彼女は一人納得すると、急に腰に手を当てて下の方を見た。
「あのさ、唐辛子ない?」
「はあっ?」
唐突な言葉に、三人は息をのんだ。
「なんとおっしゃいました?」
「だーから、唐辛子。と・う・が・ら・し。いい?」
「と、唐辛子ですか?」
「そう。」
こくりと、ハルドーラはうなずいた。
「ガルラッド唐辛子ってね、下の世界にしか生えていない強力なやつがあるのよ。たしか、あのドラゴン、名前がフレーマスドラゴンっていうんだけどね、あいつ、火吹く癖に、唐辛子が好きなのよ。もう十分熱いだろうに、意味わかんないわ。でも、ガルラッド唐辛子には、辛いだけでなく、あいつらの興奮を冷ます作用があるらしいのよね。」
「そ、そうなんですか?」
ベルータが感心したような声をあげた。
「うん、で、ガルラッド唐辛子は、下にしかない訳よ。だから、この辺に来る密輸商人でも探して〜、そいつらが持ってるのを買ったらいいわけ。わかる?」
「わかりました!」
ティアラが急に明るい顔をした。
「ということは、あたしがそれを密輸商人さんから買ってくればいいんですねっ!」
「まー、そゆことね。」
ハルドーラはあくび混じりにいって、こくりとワインを飲み干した。
「しかし、密輸商人って危険じゃないですか?」
「だいじょーぶよ。この辺は、なんたらリーとかいう一家の縄張りに入ってるらしいから。あそこの商人、みんな常人よりいい人だし。」
「そ、そういえば、そうだったような…」
カラットは、異様に優しくてサービス第一を掲げる、密輸商人の面々を思いだした。あの様子なら、確かに大丈夫そうだ。金がなくても、事情を話せばおろおろしながら助けてくれそうなほどいい人達である。
「そのうち来るだろうから、探しに行ってごらん〜。」
「そうですね! じゃ、あたし行って来ます!」
ティアラは立ち直りも早くすっくと立ち上がる。
「ちょ、ティアラ! 何も持たずにいっていいのか?」
「大丈夫よ、カラットさん。だって、ミメリス先生のいいつけで、いつも商人さんところに商品をもっていくのはあたしなんだもん。」
(こんな子に、お使いさせてたのか? しかも密輸の片棒担いでるよな…)
カラットもベルータもそうは思ったが、しかし、密輸商人となれているというなら、ティアラに行かせた方が良さそうだ。
「わ、わかった。我々がドラゴンをおさえるから、その間に唐辛子を買ってきてくれよ、ティアラ!」
「うん! あたし、頑張ります!」
ティアラは、そういうとすでに気も早くたたたと走り出し、赤いポニーテールを振りながら、階段を下りていった。
「ティアラ…。」
「あ、忘れてた〜!」
心配そうな二人は、ハルドーラの間抜けな声でびくりとして彼女の方を向いた。
「な、何ですか?」
「いや、密輸商人てさ、いつもいるとは限らないんだよね。…もしかして、来るの遅いんじゃないかなってさ。」
「ハルドーラ様!」
「ティアラ〜! 戻ってこーい! 危ないぞー!」
慌ててベルータとカラットがそれぞれ非難の声をあげたり、ティアラに注意したりしたが、時すでに遅かった。ティアラの姿は、すでにバルコニーから見て、ドラゴンのしっぽのちょうど向こう側に小さく見えている。意外に足は速かったのか、それとも炎が恐いのでいつの間にか、超人的な足を手に入れていたのかもしれない。
「うわっ! 行っちゃった! どうするんですか!」
「まー、なんとかなるんじゃないの〜? それに、どっちにしろ、ティアラが唐辛子持ってきてくれないとやばいし。ちょうどいいかな。」
「鬼師匠! あんた、ホントに鬼だ!」
冷たいハルドーラの言葉に、思わず二人はティアラに同情した。
(ティアラ、とにかくがんばれティアラ! 村の運命は君にかかっている! 鬼師匠に負けずに頑張るんだ! ティアラ!)
そんな、何かの本で読んだことがあるようなせりふを心の中で大声にあげながら、二人はティアラの去っていった先を熱く見守っていた。