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プロローグ

ランスロット

 遠くから見えた黒煙は、町中に広がる炎によるものだったらしい。
 ランスロットが駆けつけた時、その地図にも記されないような小さな村には地獄絵図が広がっていた。
 建物という建物から炎があがり、元は家であったろう木材が墨となって崩れ落ちる。黒い灰が雪のように舞い散り、熱気で再び舞い上がる。
 炎の海の中を、村人たちが悲鳴をあげて逃げ回っていた。
 信じられないような光景だった。
 しかしその中で、もっと信じられないことが起こっていた。
 阿鼻叫喚の中逃げ回る人々。それを追っているのは、とても見覚えのあるものだった。
 白銀の甲冑で身を固めた一団。その背には青い―王国の紋章が入った青いマントが翻っている。
 王国騎士団が、村を襲っていた。 「…何故」
 ランスロットは自分の目が信じられなかった。
 こんなことが、ありえるはずがない。
 王と国と民を守るべき王国騎士団が―自分の同胞が、村を壊滅させようとしているなど。
 もしかすると、これは騎士団を騙る野党かなにかだろうか。
 だとしたら到底許されるべきものではない。
 ランスロットは無言で剣の柄に手を伸ばした。
「…ん?貴公は…ランスロットか?」
 後ろからかけられた聞き覚えのある声に、ランスロットは振り返った。
 そこにいたのは、やはり青いマントを身に纏う男だった。ただ村人を襲っている者たちと違ったのは、鎧ではなく白い剣士服で身を包んでいる。その腕には金の腕章が光っていた。自分と同じ、王国騎士団特殊部隊に属する身であることを示す腕章だ。
 そして実際に、ランスロットもその男に見覚えがあった。
「貴公は別任務に当たっているのだろう?こんなところで何を?」
「―――煙が見えたから」
 ランスロットが、女性にしては低い声でそう答えると、男はあぁ、と空を見上げた。青いはずの空は黒煙に覆いつくされて見ることが出来ない。
「この村は、反逆者の集落か何かか?」
 特殊部隊の同僚がいたことから、この村を襲っている集団は王国騎士団には違いない。
 騎士団がそんなことをする、考えられる理由を述べると、その部隊の指揮を執っているであろう特殊部隊の男は首を横に振った。
「いや、普通の村だ…あえていうなら、浮遊大陸からの移住民の村、というところか。なんにせよ罪など犯していない。清く正しく生きてきた者がほとんどだろう。」
「…では、何故」
「人捜しだ。任務のな」
「…人捜し?」
 ランスロットは繰り広げられ続けている光景に目をすがめる。
 人捜しというよりはどうみても人殺し。それも大量虐殺にしか見えない。
「…誰を捜しているんだ?」
「それは任務内容の漏洩になるな」
「…同部隊でもか」
「もちろんだ。分かっているだろう」
 男の言葉に、ランスロットは燃え盛る村を見遣る。
 特殊部隊はその名の通り、通常部隊とは違った特殊な任務を受け持つ。そのため部隊に属する者も少数精鋭で、それぞれが別任務を受け、ばらばらに行動することもしばしばだ。その際、互いの任務には不干渉であり、その任務に関わらない者は、同部隊であろうと部外者と変わりない。
 ランスロットは唇をかすかに噛んだ。それで引き下がるのは少し癪だったのかもしれない。別のことを口にする。
「…では、何のために」
「それも言えないな、と言いたいところだが…正直に言おうか、それは知らない」
「…知らない?」
「貴公は知っているのか?今の任務の理由を」
 自分の任務のことを問われ、ランスロットは黙った。
 別に任務内容を黙秘するためではない。任務の理由を知らなかったからだ。
もちろん任務は受けている。ある秘宝を探す、という任務だ。
 しかしそれが何故必要なのか、何に使われるものなのか知らなかったのだ。考えたこともなかった。ただ、命令だから探していただけだ。
 黙りこんだランスロットの耳に男の声が届く。
「上の考えることは分からんよ…特に我々が今受けている任務はな」
「…我々?」
「私。そして貴公も分からぬのだろう?それから、他の者たちにも任務が下されているらしいからな…何のためなのか分からない特殊任務が」
 炎による熱がランスロットの褐色の肌を焼く。舞い落ちてくる灰に、ダークブルーの瞳を細めるが、彼女はそれを払おうとはしなかった。
「…訊きたい。探している者というのはこれで見つかるのか?」
 兵士たちが手当たり次第、村人に刃を向けている。
「ああ。これが一番確実な方法らしい。…力あるものは、生命の危機に力を発揮せずにはいられないからな」
 呟かれた言葉にランスロットはかすかに片眉を上げた。
 詳細は分からないが、こうやって虐殺することが人捜しの方法で任務ということらしい。
「では…捜し人ではない者たちは?」
「――この任務は極秘裏に、ということだ。一人も証人を残すなと…口封じも兼ねている」
 王国騎士団が虐殺を行っているということを民に知られるわけにはいかないからだろう。
 そう頭の片隅で理解しながら、ランスロットは無表情で繰り広げられる惨劇を見ていた。
 昨日まで、いや、ほんの数時間前まで平和に過ごしてきた人々は今や恐怖の渦にいた。炎の海の中、燃える自分たちの家から、武装した兵士から、ただひたすら泣き叫び逃げ回る。女も子供も老人も、関係なかった。武力をもたない人々はなす術もなく、時には小さな抵抗を見せながら、兵士たちの振るう刃に斃れていった。
 ど、とまた一つ、墨になった建物が崩れ落ち、大量の灰が舞った。
「―――口封じ、か」
 ランスロットはぼそりと呟いた。低く、何かを押し殺したように。しかし無表情に。
 整った容貌が、真っ直ぐな銀の髪が、炎に照らされ朱く輝く。
 彼女は纏っていた青いマントを外した。腕に光る金の腕章も一緒に。
「だったら私も殺されないといけないな」
「…え?」
「口封じに」
 言ってランスロットは王国の紋章が入ったマントと腕章を投げ捨てた。それはそこら中で燃え盛る炎に呑まれ、みるみるうちになめつくされ、消えた。
「何を―――――?」
「口封じ。やれるものならやってみるがいい」
 驚愕する男にかすかな笑みを浮かべ、ランスロットは背中の長剣を抜いた。
「同僚のよしみだ。忠告してやる。命が惜しければひくがいい」
 別に正義や倫理がどうこうと思ったわけではない。
 ただこの村の光景が。この光景をつくった命令が。その命令を下した国というものが。
 本当に、ただ単純に―――気に喰わなかった。それだけのこと。
 ランスロットは長剣を構えた。その身体が炎の朱を受けて燃える。
「私が殺されるのと、兵が全滅するのと、どちらが早いだろうな」





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背景:空色地図 -Sorairo no Chizu-











©akihiko wataragi&reina miturugi